外国人犯罪について一言
投稿者: baoyudai53 投稿日時: 2003/10/21 22:43 投稿番号: [1482 / 66577]
引っ張り出された以上、もうすこし中国人犯罪について一言言わせていただきたい。
まず、日本における外国人犯罪は近年増えているし、そのなかで中国人の犯罪はとくに顕著であることは、まことに遺憾なことです。罪もない善良なる日本人を一家惨殺の目にあわせた犯人は何人であろうと、断じて許せません。ここでは、この事件を背景に、すこし日本の留学生受け入れ態勢についても私見を述べてみたいと思います。便宜上、就学生、留学生を一括して留学生と称することにします。
実は、中国留学生による犯罪は、日本だけではないのです。ほかの国にも程度の差こそあれ、同じように現地の人々に不安を与えています。その差はどこから来たかというと、その国の留学生受け入れ体勢に大いに関係あることは、間違いありません。
例えば、オーストラリアのほうは、比較的犯罪が少ないのに対して、ニュージーランドでは、すでに看過できないほど事態は悪化しています。それはなぜかというと、前者では、留学希望者に対して厳しい語学の試験を課しているのに対して、後者は、経済的利益からそのような試験はほとんど実施されず、取捨選択もなしに受けて入れてきたという経緯があります。そのため、玉石混交、いろんな人が入ったが、よいことは知られず、悪いことばかりが目に付くという結果になり、事件が起きるたびに世の中は騒然となってしまいます。
日本についても、同じことが言えるのではないか。中国人留学生が大勢日本に流れ込んだのは、80年代の後半ではないかと思われます。そのころ、日本はバブルの絶好調で、人手不足が深刻化していました。しかし、おおっぴらに労働力市場を開放するには、さまざまな社会問題を生じさせかねないというので、その代替策として、中国から若い人を留学の名義で日本に呼び、勉強するかたわら働いてもらうことで、人手不足もある程度緩和されるのではないか、という思惑があったということは十分想像されます。
当時、より豊かな生活を手に入れようと、多くの若者たちは、外国語を勉強して、アメリカや日本に留学しようと必死でした。しかし、アメリカに行くには、英語という壁が立ちはだかっていた。結局、その壁を越えられないものにとって残された道は、日本しかありませんでした。なぜなら日本は留学希望者には語学的試験を実施していなかったからです。そのなかで、国内で遊び暮らしていた町のちんぴらどもも、そのなかに混じって日本にやってきました。その結果、オーストラリアとにユージーランドに見られるようなことは、アメリカと日本の間でも起きたわけです。
以上の比較で分るように、日本社会を脅かす不良留学生の来日を防ぐためには、やはりアメリカのように語学試験による高い防壁を築き、その上陸を水際で食い止める策が講じられなければなりません。しかし、その事実に気づく日本人が少なく、日本語学校は依然として大繁盛、というありさまです。最近は、私大の学生不足から、海外に目を向けた大学もその留学生争奪戦に加わり、事態はむしろ、いっそう悪化の一途をたどっていると極言してもいいほどです。
今後の日本社会で留学生による不祥事件が二度とおきないためにも、またごくわずか一部の不良留学生によって中国人留学生全体のイメージ・ダウンにつながるようなことがなくてすむようにするためにも、ひいてはそのような不祥事による日中両国民の感情悪化を食いとどめるためにも、ぜひ日本の留学生受け入れ態勢を再検討してもらいたいと切に願っています。
まず、日本における外国人犯罪は近年増えているし、そのなかで中国人の犯罪はとくに顕著であることは、まことに遺憾なことです。罪もない善良なる日本人を一家惨殺の目にあわせた犯人は何人であろうと、断じて許せません。ここでは、この事件を背景に、すこし日本の留学生受け入れ態勢についても私見を述べてみたいと思います。便宜上、就学生、留学生を一括して留学生と称することにします。
実は、中国留学生による犯罪は、日本だけではないのです。ほかの国にも程度の差こそあれ、同じように現地の人々に不安を与えています。その差はどこから来たかというと、その国の留学生受け入れ体勢に大いに関係あることは、間違いありません。
例えば、オーストラリアのほうは、比較的犯罪が少ないのに対して、ニュージーランドでは、すでに看過できないほど事態は悪化しています。それはなぜかというと、前者では、留学希望者に対して厳しい語学の試験を課しているのに対して、後者は、経済的利益からそのような試験はほとんど実施されず、取捨選択もなしに受けて入れてきたという経緯があります。そのため、玉石混交、いろんな人が入ったが、よいことは知られず、悪いことばかりが目に付くという結果になり、事件が起きるたびに世の中は騒然となってしまいます。
日本についても、同じことが言えるのではないか。中国人留学生が大勢日本に流れ込んだのは、80年代の後半ではないかと思われます。そのころ、日本はバブルの絶好調で、人手不足が深刻化していました。しかし、おおっぴらに労働力市場を開放するには、さまざまな社会問題を生じさせかねないというので、その代替策として、中国から若い人を留学の名義で日本に呼び、勉強するかたわら働いてもらうことで、人手不足もある程度緩和されるのではないか、という思惑があったということは十分想像されます。
当時、より豊かな生活を手に入れようと、多くの若者たちは、外国語を勉強して、アメリカや日本に留学しようと必死でした。しかし、アメリカに行くには、英語という壁が立ちはだかっていた。結局、その壁を越えられないものにとって残された道は、日本しかありませんでした。なぜなら日本は留学希望者には語学的試験を実施していなかったからです。そのなかで、国内で遊び暮らしていた町のちんぴらどもも、そのなかに混じって日本にやってきました。その結果、オーストラリアとにユージーランドに見られるようなことは、アメリカと日本の間でも起きたわけです。
以上の比較で分るように、日本社会を脅かす不良留学生の来日を防ぐためには、やはりアメリカのように語学試験による高い防壁を築き、その上陸を水際で食い止める策が講じられなければなりません。しかし、その事実に気づく日本人が少なく、日本語学校は依然として大繁盛、というありさまです。最近は、私大の学生不足から、海外に目を向けた大学もその留学生争奪戦に加わり、事態はむしろ、いっそう悪化の一途をたどっていると極言してもいいほどです。
今後の日本社会で留学生による不祥事件が二度とおきないためにも、またごくわずか一部の不良留学生によって中国人留学生全体のイメージ・ダウンにつながるようなことがなくてすむようにするためにも、ひいてはそのような不祥事による日中両国民の感情悪化を食いとどめるためにも、ぜひ日本の留学生受け入れ態勢を再検討してもらいたいと切に願っています。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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