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台湾の歴史1

投稿者: twaptng 投稿日時: 2004/10/10 19:27 投稿番号: [13575 / 66577]
台湾の歴史──オランダから日本植民統治まで

台湾は澎湖諸島と台湾島の総称であり、緑に包まれた美しい島々である。

十五世紀頃台湾の近海を航海したポルトガル人は台湾の美しさにうたれ、“おお麗わしき島かな!”と讃えたが、十七世紀から始まったその歴史は悲惨なものであった。十七世紀から二十世紀にいたる台湾の約四世紀の歴史はそのまま植民地の歴史を綾なすものである。

一、オランダ植民地時代(一六二四〜一六六二)

台湾はフィリピン群島と日本列島の間に位置して、東シナ海を扼し、地理的には要衝をしめているがその開発は遅れ、列強に注目されたのは十七世紀以降であり、それまでは和冠や海賊流匪の巣窟になっていた。その原住民は狩猟生活を営むポリネシア系人、俗に高砂族または高山族と呼ばれる人たちである。

他方、澎湖諸島は台湾島よりも先に大陸の王朝から注目された。十四世紀中葉に元朝がここに数年間巡検司をおいたが間もなく撤廃た。約二世紀後、明朝が再び巡検司を設けたされが、これも間のなく撤廃され、明末には澎湖島も諸国の海賊の巣窟になった。このように、元朝、明朝ともそれぞれごく短期間澎湖島を領有したが、明末にはこれを放棄したのであった。

明朝が澎湖島を放棄した後、対清、対日貿易の商船航路の途中に位置している澎湖島の重要性に着目したのはバタビアに本拠をおくオランダ東印度会社であった。一六二二年にオランダ艦隊は澎湖島を占領し要塞を構築した。これに対し明朝は澎湖からオランダ人が退去し、その代わり台湾島に移転し、そこに防衛工事を構築するよう希望した。だがオランダ側はこれを受けいれず、明朝郡との間に先端が開かれた。一六二四年に至って、オランダ側は自らの軍事的不利をさとり、明朝側の要求通り澎湖を退いて台湾島に拠ることに同意し同年に締結された条約によって、オランダ人は明朝軍の援助のもとに台湾島にその根拠地を移転した。
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