chives23の言語無知へ
投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/10/01 00:05 投稿番号: [12802 / 66577]
台湾の史実を正確に把握する ①
教科書『認識台湾』(歴史篇)を読む
台湾の中学校では、一九九八年秋の新学期から新しい歴史教科書『認識台湾』(歴史篇)が使用されるようになった。
http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1890/110.html抜粋
第七章
日本植民統治時代の政治と経済
は じ め に
日清戦争後、日本は台湾を取得し、台湾総督府を開設して五十一年の植民地統治を開始した。この変化に対し、台湾官民は当初「台湾民主国」を樹立して日本の接収に抵抗し、つづいて二十年もの長期間にわたり、対日武装抵抗をおこなった。
第一節
台湾民主国と武装抵抗
●台湾民主国の抵抗
日本は台湾軍民の勇敢な防衛抗戦に対し、大軍を出動させて鎮圧した。台湾軍民で戦死もしくは殺害された者は一万四千人の多数にのぼり、犠牲は大きかった。
●各地義民の武装抵抗
当初、総督府は残酷な報復的鎮圧を展開し無差別的殺傷を進め、かえって民衆を抗日へと駆り立てるところとなった。
各地の抗日勢力はつぎつぎと崩壊し、民間が所有する武器をすべて没収し、この七年間に抗日運動に加わって戦死あるいは逮捕殺害された者は一万人余に達した。
●霧 社 事 件
一九三〇年十月、霧社地区の先住民は日本官憲の横暴と圧迫を不満とし、頭目モーナ・ルーダオの指揮下に学校の運動会に参加していた日本人に突撃して百三十四人を殺害し、武器と弾薬を奪い、そのあと山中に撤退した。
事件発生後、総督府は軍隊と警察二千余人を召集し、爆撃機や毒ガス等を使用して強力な鎮圧を展開した。霧社の先住民は五十余日にわたって抵抗したが、結局失敗し、当初一千四百人であった人口がわずか五百人となった。翌年四月、日本警察は親日先住民を使って攻撃し、ふたたび多数を殺害した。
この事件によって総督府は先住民政策を再検討せざるを得なくなり、台湾総督など関係官吏は引責辞任をした。
これは メッセージ 12796 (chives23 さん)への返信です.
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