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江沢民軍事委主席辞任の背景

投稿者: nettle33 投稿日時: 2004/09/19 23:24 投稿番号: [11284 / 66577]
書簡を寄せて引退と報じられているが、真相は?

1990年代半ばの中国の舵取りを江沢民に委ねたところに、現在の中国の悲劇の始まりがあったとする解説の要約を、以下に紹介する。

>江沢民は訒小平路線の正当な後継者とはいいがたい。たとえば、愛国主義教育についていえば、訒小平は確かに天安門事件の一因として語ったことがある。しかし、訒小平の視野は空疎なイデオロギー教育に解決を委ねようとしたのではなく、なによりも経済発展を通じて中国の老百姓の支持を勝ち取ろうとしていたことは明らかである。江沢民は愛国主義教育という訒小平の言葉をほとんど歪曲して、民族主義的排外主義に堕したと思われる。

中共中央宣伝部が「愛国主義教育綱要」を作成したのは1994年のことだ。この「鋼要」によると第4条では「愛国主義教育は対外開放の原則を堅持しなければならない。愛国主義は決して狭い民族主義ではない」と明記している。問題はこの第4条の精神が果たして活かされたのかどうかである。結果的には「狭い民族主義」に陥ったとみるほかない。

実際には、当時の中国指導部は「蘇東波」を恐れるあまり、「プロレタリア国際主義」を極力否定し、ついには国際主義、国際協調を顧なかった。国際主義なき愛国主義が狭い民族主義に陥ったのは当然の成り行きとみるべきであろう。

現在の問題はなにか。2003年春から夏にかけてのサーズ騒動の過程で胡錦濤・温家宝指導部は急速に、その指導体制を固めた。ところが2003年秋から江沢民およびその徒党による巻き返しが始まり、胡錦濤・温家宝執行部はいたるところで妨害された。西太后(江沢民)が光緒帝(胡錦濤)をいびる構図と見る向きが多い。指導部が二つに割れていては、順調な舵取りは望みがたい。このような、いわば二つの司令部が並行して存在し、政治改革の行方が混迷するなかで、もろもろの欲求不満を包摂する形で中国大衆の反日ムードが形成される。江沢民長期政権における愛国主義教育キャンペーンの意味は明らかであろう。それは政治改革を遷延させ、サボタージュするための隠れ蓑として機能したのであり、この文脈で、江沢民の主導した愛国主義教育キャンペーンは、訒小平語録が指示した愛国主義教育とは異質なのである。<

出典:http://www.21ccs.jp/china_watching/Directors_watching_04.html

このトピックスで反日の文言を執拗に書き込む人たちもまた、江沢民の独善的な政策に踊らされた犠牲者なんだな。

江沢民本人は引退しても、祖国を離れた日本で梯子を外された者こそいい迷惑。にわかに言説を変えるわけにもいかないだろうし。気の毒。
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