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sakura_ちゃん:大東亜共栄圏」の実態

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/09/19 13:57 投稿番号: [11241 / 66577]
「大東亜共栄圏」の実態 -- 日本軍占領下のアジア

沖縄県史料編集室編『沖縄戦研究Ⅱ』沖縄県教育委員会発行 、1999年2月

これは新沖縄県史の一環として、沖縄戦の前史にあたる時期について刊行された2冊の本のうちの1冊に書いたものです。論文というよりも一般向けにわかりやすく解説したものです。

確か、沖縄は日本の沖縄県だったよな。
沖縄の犠牲者が記録した公式文書だ。

http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper41.htm

抜粋
(10)住民虐殺・虐待

日本軍はマレー半島の華僑全体を「抗日的」だとみなし、シンガポール攻略前から粛清の計画を立て実行した。太平洋戦争の初期のこれらの一連の虐殺は、この戦争が中国への侵略戦争の延長線上におこなわれたことを示している。

フィリピン、ビルマ、インドネシアなどでは戦争の末期に大規模な虐殺が相次いでおこなわれた。フィリピンでは1943年2月に第14軍司令官田中静壱中将がパナイ島を視察中にゲリラに襲撃された事件がきっかけで7月から徹底的な粛清作戦が実施された。ゲリラ討伐の名目で実際には子どもから老人まで多数が殺された。

侵略軍であった日本軍は住民から信頼されていなかったし、また日本軍も住民をいつ連合軍に寝返るかもしれない存在として、あるいは密かに抗日ゲリラに通じている者と疑っていた。そうした時には住民全体が「抗日分子」に見えてくる。これは中国での日本軍もそうだった。日本軍の一連の住民虐殺は、戦争だからという一般論によって説明できるものではなく、侵略戦争のなかでおこなわれた残虐行為であった。
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ところで、こうした日本軍の残虐行為はアジア民衆に対してだけでなく、日本人に対しても向けられた。その最初はサイパン戦だった。

サイパンには約2万人の日本の民間人が残っていたが、その半数が1944年6月から7月のサイパン戦で犠牲になった。サイパンに住んでいた日本人の約6割は沖縄県出身者であった。この戦闘のなかで、逃げ込んだ洞窟のなかで泣きやまない赤ん坊を殺害したり、親子ごと洞窟から追い出したり、米軍に投降しようとした民間人を射殺するなど日本軍による残虐行為が頻発した。また民間人の投降を許さず「自決」を強要するなど、後の沖縄戦で見られる状況がほぼすべてこのサイパン戦で現れていた。


(14)日本軍の特質

日本軍がアジア各地でおこなったことを考えると日本軍の特質が問題にならざるをえない。一般的に言って、軍隊という組織自体が、他者(敵)を殺し屈服させ支配することを目的としている。人を殺すことを最高の美徳としてたたえる価値観は市民社会の価値観とは正反対のものである。戦争においては、他者(敵)を殺すことを兵士に容易ならしめるために他者を非人間化することは通例である。日本は中国人を「チャンコロ」といって見下し蔑視することによって、英米人に対しては「鬼畜米英」と呼んで、相手を非人間化した。米軍の場合は日本兵をサルに見立てた。ベトナム戦争ではベトナム人を「グーク」と呼んで蔑視した。

ということで、余り、いちびったり、いちびられたりしないことだ。
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