紀州の紀伊国屋門左衛門のミカン
投稿者: suzuteri2515 投稿日時: 2005/06/05 02:07 投稿番号: [9457 / 16409]
ni04jp様:瀬戸内海の伊予ノミカンなら紀伊国屋門左衛門の有田ミカンの童謡ではないですか・有田ミカンから伊予ミカンがうまれたというのが紀州人の誇り?
童謡は終戦でなくなりましたが、あんな悠長な歌は実際には3年ほど学校でも歌う時間がありませんでした。唱歌の時間がもてませんでした。
その代わり勤労の時間で童謡代わりになったのが「軍歌」でした。それもすさまじい流行の「軍歌」でした。10-13才の少年がうたたのは大人の軍歌で「アッツ島玉砕、ラバウル小唄、加藤隼戦闘隊、予科練習生など」でした。歌題もはっきりおぼえていませんが今でも歌えますね。当時軍歌歌えないと卒業はないと先生がいったものです。
「台湾軍の歌」もありました。
戦後改めて習った日本の童謡です。
戦中、戦後派といいますが中途半端な世代でした。
これは メッセージ 9456 (ni04jp さん)への返信です.
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