風化した金門砲戦
投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/05/08 00:18 投稿番号: [9007 / 16409]
八二三金門砲戦は、わしにはさほどの昔のような気がしないが、調べてみると1958年の事件で、今から47年も前である。現在数え年60歳の人でも、当時は小学6年生で、大人に砲戦の話を聞かされても、それが非常に大規模な砲撃であることを理解できなかったであろう。
中共が8月23日から猛砲撃を開始して、44日間に撃ちまくった砲弾は、蒋政権側の統計では44万5000發である。44日でついに砲弾を使い果たした中共軍は「國民黨の兵士たちよ、わが軍は2週間砲撃を停止して、おまえたちに休息させてやる」と宣言して、実際に2週間停止した。2週間たつと、「今後は奇数の日だけ砲撃して、偶数の日はお前たち國民黨兵に休息させるために砲撃しない」と宣言した。こうしてだらだらと一日おき砲撃を継続し、次第に砲撃を減少して、数ヵ月後に砲撃をやめた。やめるときには、何も宣言しなかった。
>実際に撃つよりも、包丁の材料としての密輸のほうが儲かりますね。。。
毛沢東は、数日で金門等の陣地が叩き潰せると思っていたのだ。
これは メッセージ 8956 (cakerun999 さん)への返信です.
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