Horseさんへ(横横槍槍)
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2008/10/22 12:02 投稿番号: [15010 / 16409]
中華民国は外交や外国人のステータスについてはバーターである、という認識を持っています。これはわたしが20年ほど前に亜東協会に何度か問いただしたときの亜東協会職員からの正式な回答で、バーターという用語を使用して説明しておりました。
少なくともその当時の東京の職員たちは「バーター」という国際社会の通念を持っていたのです。
ではその「バーター」が中華民国国内では社会通念としてはどうであったか?また、あるか?
これが、悲しいことに「バーター」つまり、「平衡」「公平(日本語の意味)」ということが皆無であった。何度も書いておりますが、外省人優遇であったわけで、これは李登輝時代でも陳水扁時代でも崩せなかった。
わたしは今回の暴力沙汰は容認できると思いますよ。
考えてもご覧なさい。
中共国内で民国国旗をかざした際の中共国民による暴力沙汰を。
また、民国国民が中共で受けている数々の差別や圧力を。特に台湾人に対するモノがひどい。
台湾人の心の底にあるモノにづかづかと土足で踏み込んだ中共のやつがれが、いかなる非難や圧力、暴力沙汰を受けても致し方ないでしょう。
「バーター」ですから。
それを「暴力反対」や「暴力排斥」という言葉で片付けるのはあまりに幼稚。
外省人どもの暴力沙汰、さまざまな形での台湾人への迫害、これが「バーター」という考えの下で、社会的に公平に裁かれてこその、民主社会でしょうね。
土足で台湾人の伝統や心の支えなる部分に踏み込のなら、それなりの覚悟が必要でしょうね、中共のバカどもは。
「バーター」ではなく、一方的優位、社会的不均衡を等閑視しての暴力反対というのは、あまりに幼稚で外省人にのみ都合の良い屁理屈です。
国民党だって基層の特攻隊みたいなのがいるわけで、こうした暴力沙汰専門のヤツらもいるわけですよ。
暴力を容認しないのであれば、外省人による暴力も容認しない、これが必要でしょ。
かつて、日本人が大手をふるって台湾を闊歩していたことを、植民地支配、日本帝国主義云々と今では国民党も民進党も大学も非難しますが、その後、外省人が台湾を大手をふるって闊歩。。。
そうした歴史の中で、今度は中共かよ、という、そうした心の痛みへの配慮が、駅弁だけでなく、暴力反対を叫ぶ連中には欠けているね。
今回の中共のバカの台湾漫遊を手配したやつら、本当の真正のバカだと思うけど。。。
少なくともその当時の東京の職員たちは「バーター」という国際社会の通念を持っていたのです。
ではその「バーター」が中華民国国内では社会通念としてはどうであったか?また、あるか?
これが、悲しいことに「バーター」つまり、「平衡」「公平(日本語の意味)」ということが皆無であった。何度も書いておりますが、外省人優遇であったわけで、これは李登輝時代でも陳水扁時代でも崩せなかった。
わたしは今回の暴力沙汰は容認できると思いますよ。
考えてもご覧なさい。
中共国内で民国国旗をかざした際の中共国民による暴力沙汰を。
また、民国国民が中共で受けている数々の差別や圧力を。特に台湾人に対するモノがひどい。
台湾人の心の底にあるモノにづかづかと土足で踏み込んだ中共のやつがれが、いかなる非難や圧力、暴力沙汰を受けても致し方ないでしょう。
「バーター」ですから。
それを「暴力反対」や「暴力排斥」という言葉で片付けるのはあまりに幼稚。
外省人どもの暴力沙汰、さまざまな形での台湾人への迫害、これが「バーター」という考えの下で、社会的に公平に裁かれてこその、民主社会でしょうね。
土足で台湾人の伝統や心の支えなる部分に踏み込のなら、それなりの覚悟が必要でしょうね、中共のバカどもは。
「バーター」ではなく、一方的優位、社会的不均衡を等閑視しての暴力反対というのは、あまりに幼稚で外省人にのみ都合の良い屁理屈です。
国民党だって基層の特攻隊みたいなのがいるわけで、こうした暴力沙汰専門のヤツらもいるわけですよ。
暴力を容認しないのであれば、外省人による暴力も容認しない、これが必要でしょ。
かつて、日本人が大手をふるって台湾を闊歩していたことを、植民地支配、日本帝国主義云々と今では国民党も民進党も大学も非難しますが、その後、外省人が台湾を大手をふるって闊歩。。。
そうした歴史の中で、今度は中共かよ、という、そうした心の痛みへの配慮が、駅弁だけでなく、暴力反対を叫ぶ連中には欠けているね。
今回の中共のバカの台湾漫遊を手配したやつら、本当の真正のバカだと思うけど。。。
これは メッセージ 15009 (horse_224 さん)への返信です.
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