選挙語
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2008/06/05 21:42 投稿番号: [14480 / 16409]
中共から帰ってきた国民党主席呉伯雄の発言で気になった言葉があった。
とあるTVでのインタビュー番組でのことであるが、馬尻の選挙公約?で実現が非常に厳しいものについて、あれは「選挙語」である、とのたもうたのである。
この「選挙語」というのは、選挙運動中に如何に候補者が大法螺を吹き、有権者たちの鼻をふくらませるか、というような、ま、「大法螺」のことであり、選挙語どころか、選挙誤である。
例えば、謝長廷が高雄市長に当選したときに、俺は死ぬまで高雄に住む、といったのも、この選挙語の類。
しかし、馬尻は清新な政治を目指しているのだから、選挙語というのはおかしい。
実質的な力を持つ国民党主席の呉が馬尻の選挙公約に選挙語というモノを認めている、ということは、選挙運動中に馬尻のアレは実現がむつかしいだろうよ、とか、無理だ、とすでに党中央は判断・認識していた、ということになる。
つまり、台湾には選挙公約は存在せず、あるのは、大法螺であるところの選挙語だけ。
これは、おそらく、かの立派な中国の伝統なのだろうが、この馬尻の選挙語、つまり、馬尻の大法螺というのは、何を隠そう、何をのたもうことか、大孫文の大法螺、つまり、孫文大砲の直径、いや、直系である、ということでありましょうし、その孫文の直系である、ということを党中央がお墨付きを出した、ということに。。。(おひ〜大爆笑)
とにもかくにも、現実をきちんと認識して、それに沿った政策、それも実現可能な政策を馬尻・国民党はおこなうべきです。
李登輝時代に、李登輝総統は、台湾各地での大雨による洪水を目の当たりにして、治水事業の研究をせねばならぬ、と発言された。
然るに、その後の国民党政権はその研究をどのように行い、実現させてきたか?
また、継続的な政策を行うべき義務のある陳水扁政権ではどうであったか?
そして今、馬尻やそのお仲間、台北県長、桃園県長などが、どのような発言をしているのか?どのような政策を行っているのか?
これらの地はかつて李登輝前総統が研究云々をのたもうたその当該地である。
また、李登輝時代の治山事業はどうなったのか?ビンローや滅茶苦茶な開発により荒れ山になってしまった台湾の山地、これには原住民の居住地域も含むが、そうしたことをどこまで李登輝時代に行い、陳政権で行い、そして、馬尻政権が行っていこうとするのか?
果たして選挙語で片付けてよいものか?はたまた、有権者の機嫌をとって、農水産業者の我侭を許し、そのツケを国民に災害という形で残すのか?
大孫文の直系である、大馬尻の大砲は、こうしたことについては、不発であるのかもしれないが。。。
馬尻の選挙公約からすると、国民党と馬尻政権は国民に誠実であるべきなのだが、それもはたして選挙語であろうか?
台湾の雨季、毎年の洪水や災害、被害を見るにつけ、果たして天災だけなのか、人災なのか、判然としないことが多いのである。
遠く、四川の地震を見ると、これまた天災だけなのか人災なのか判然としない部分が多く、こうした曖昧さもまた大中国の伝統なのであろう。
国土の保全などは継続的政策がとられて当然であろうが、そうしたことまでもが、あれは別の政権だから、で責任逃れをするのであろうか?
謝長廷がかつてやらかしたこうした責任逃れ、これまた、大中国の伝統を受け継ぐ、立派な政治屋の所業であることだけは確かである。
とあるTVでのインタビュー番組でのことであるが、馬尻の選挙公約?で実現が非常に厳しいものについて、あれは「選挙語」である、とのたもうたのである。
この「選挙語」というのは、選挙運動中に如何に候補者が大法螺を吹き、有権者たちの鼻をふくらませるか、というような、ま、「大法螺」のことであり、選挙語どころか、選挙誤である。
例えば、謝長廷が高雄市長に当選したときに、俺は死ぬまで高雄に住む、といったのも、この選挙語の類。
しかし、馬尻は清新な政治を目指しているのだから、選挙語というのはおかしい。
実質的な力を持つ国民党主席の呉が馬尻の選挙公約に選挙語というモノを認めている、ということは、選挙運動中に馬尻のアレは実現がむつかしいだろうよ、とか、無理だ、とすでに党中央は判断・認識していた、ということになる。
つまり、台湾には選挙公約は存在せず、あるのは、大法螺であるところの選挙語だけ。
これは、おそらく、かの立派な中国の伝統なのだろうが、この馬尻の選挙語、つまり、馬尻の大法螺というのは、何を隠そう、何をのたもうことか、大孫文の大法螺、つまり、孫文大砲の直径、いや、直系である、ということでありましょうし、その孫文の直系である、ということを党中央がお墨付きを出した、ということに。。。(おひ〜大爆笑)
とにもかくにも、現実をきちんと認識して、それに沿った政策、それも実現可能な政策を馬尻・国民党はおこなうべきです。
李登輝時代に、李登輝総統は、台湾各地での大雨による洪水を目の当たりにして、治水事業の研究をせねばならぬ、と発言された。
然るに、その後の国民党政権はその研究をどのように行い、実現させてきたか?
また、継続的な政策を行うべき義務のある陳水扁政権ではどうであったか?
そして今、馬尻やそのお仲間、台北県長、桃園県長などが、どのような発言をしているのか?どのような政策を行っているのか?
これらの地はかつて李登輝前総統が研究云々をのたもうたその当該地である。
また、李登輝時代の治山事業はどうなったのか?ビンローや滅茶苦茶な開発により荒れ山になってしまった台湾の山地、これには原住民の居住地域も含むが、そうしたことをどこまで李登輝時代に行い、陳政権で行い、そして、馬尻政権が行っていこうとするのか?
果たして選挙語で片付けてよいものか?はたまた、有権者の機嫌をとって、農水産業者の我侭を許し、そのツケを国民に災害という形で残すのか?
大孫文の直系である、大馬尻の大砲は、こうしたことについては、不発であるのかもしれないが。。。
馬尻の選挙公約からすると、国民党と馬尻政権は国民に誠実であるべきなのだが、それもはたして選挙語であろうか?
台湾の雨季、毎年の洪水や災害、被害を見るにつけ、果たして天災だけなのか、人災なのか、判然としないことが多いのである。
遠く、四川の地震を見ると、これまた天災だけなのか人災なのか判然としない部分が多く、こうした曖昧さもまた大中国の伝統なのであろう。
国土の保全などは継続的政策がとられて当然であろうが、そうしたことまでもが、あれは別の政権だから、で責任逃れをするのであろうか?
謝長廷がかつてやらかしたこうした責任逃れ、これまた、大中国の伝統を受け継ぐ、立派な政治屋の所業であることだけは確かである。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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