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「無親可靠、無家可帰」

投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/12/31 01:00 投稿番号: [14028 / 16409]
以前、中国語を練習していて、「無親可靠、無家可帰(頼るべき人なく、帰るべき家なし)」と云う言葉を習った時、私は昔、台湾で見た光景を思い出した。

今でも、その言葉を聞くと必ず台湾での、あの光景を思い起こす。
台湾の人が外省人(中国人)を嫌ってボロクソに罵る、その気持ちは理解できても、台湾で見たあの光景を思い出すが故に、私自身が台湾の人に同調して外省人を罵ることはない。

前世紀の70年頃だったか、私はまだ20歳を過ぎたばかりの学生で、初めて台湾を旅行した。
中国語はほんのかたこと。
その時、台中からバスに乗り、横貫公路を通って・・つまり台湾山脈を横断して花蓮まで行ったのだ。

台中を朝、出発し、花蓮に着いたのは夕刻だった。台湾の山奥、その奥の更にその奥、舗装もされていないような山路をバスはガタゴト・ガタゴト走った。谷底には転落した車が見えたりして、いささか不安な気持ち。

途中で数人がバスに乗り込んでくると、その人たちは日本語を喋っていた。
あれれっ?   こんなところに、どうして日本人がいるのだろう??・・と不思議に思ったが、彼らは原住民の人たちだった。
彼らは、日本人の私を見て、物すごく喜んだ。そして花蓮に着くまでずーっとお喋りが続いた。

さて、山の奥、こんな所に人が住むのかと思うぐらいの深山渓谷。
その道路の所どころ、男たちが数十人で道路の補修作業をやっていた。
バスがノロノロ、通り過ぎるその間、彼らもまた作業の手を休めてバスを眺める。

私はバスの中から彼らを眺める。彼らの顔は無表情で、その顔が私をジーッと眺めている。
すぐに解った。彼らは中国の兵隊だった。
蒋介石の国民党軍に率いられて台湾にやって来た中国の兵隊は、その数、40万とも60万とも言われていたが、その兵隊たちは台湾に来て何をしているのやら?

そこで初めて、よ〜く分かった。彼らは、例えばこの台湾山脈の山奥で道路補修をやっていた。娯楽もない、何もない。何の楽しみもないだろう、そんな山奥で、男ばかりの軍隊集団が黙々と働いている。

その一群の光景を眺めた時、そして彼らの無表情の顔を目にした時、私は思った。
「ああ、辛いだろうなあ、故郷を遠く離れて、何を楽しみに生きているだろう?」と。

台湾の人は、外省人(中国人)を憎む。確かに、数十年来、台湾の人は外省人に痛めつけられ、抑圧されてきたのだから、中国人を恨む気持ちも、そこそこ理解できるのだが、私は、また、その一方で考えてしまう。

台湾を抑圧したのは国民党と軍の上層部の特権階級ではなかったのか?・・と。
大半の、多くの外省人は、私が山の中で見た彼らの様に貧しく、苦しく、結婚もママならず、孤独のまま故郷を夢に見ながら「無親可靠、無家可帰」の姿で暮らしてきたのではないか?   実は彼らもまた、その時代に翻弄された気の毒な一群ではないのか?・・と。

今日、すでに老境に到った彼らは誰を頼りにするのだろう?
「寄る辺(べ)なき」彼らは国民党しか縋(すが)るところがないではないか。
数十年来、台湾で甘い汁を吸った特権階級、そして「無親可靡、無家可帰」で底辺を貧しく生きて来た多数の外省人、その両者が同じ国民党に入っていて、台湾人から叩かれている。

今、台湾で叩くべきは外省人(中国人)なのか?
私などは、一瞬、躊躇して戸惑ってしまうのだ。
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