台湾独立の正当性と根拠
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/02/08 19:07 投稿番号: [1400 / 16409]
以前、Aqualineさんと少しやり取りをした時に、清朝当時の租借や割譲の観念を知りたいというお話を少しして、孫文の満州租借論(だったかな?)について触れたことがあります。
台湾については、馬関条約で日本が清朝から割譲されるわけですが、その当時、つまり清朝の台湾に対する観念は、殖民地程度のものであり、明確に国土としての観念を持っていなかったと思われます。この当時の傍証として面白いのが、その、孫文の満州租借論で、当時の国土や周辺地域(満州や台湾など)についての考えが理解できます。で、この、清朝の殖民地としての台湾の認識については中共シンパの学者たちも、大方首肯し得るものだと思います。
で、台湾は日本の統治下に入るわけです。
(この当時の台湾人については何度か書いていますので、それをご覧ください)
台湾統治下で、台湾人による独立運動が、台湾並びに日本であり、それが日本政府によって弾圧されたことも以前、書きました。
で、日本の敗戦後、台湾は、中華民国、つまり、蒋介石政権に明渡されるわけです。
この時点で、台湾が中華民国の国土として位置付けられるわけで、これについても中共シンパの学者も含め大方の首肯し得るところだと思われます。
(清朝崩壊過程でのいわゆる孫文の中華民国の成立、その後の中華民国内戦を経て、中華民国と中華人民共和国の二つの政府ができるわけですが、日本が中華民国を馬関条約の正当な継承者として認め、明渡したわけで、また、その後の国際社会、国連でも中華民国を主権国家と認めてきた歴史的経緯があるわけです)
で、台湾。二二八による、大規模な台湾独立運動の弾圧。これは、国民党政権の中華民国の下で行なわれた大虐殺であり、台湾人の民族自決を弾圧した事件であります。
また、同時に、原住民に対する虐殺、弾圧も組織的に行なわれました(日本は霧者で原住民と武力衝突を起こし、弾圧したわけですが、蒋介石の国民党政権下でも同様な事件があったわけです)。
で、李前総統による、「中国」の歴史上初めての国民の直接投票による総統選挙が行なわれたわけです。
(蒋経国と辜寛敏の会話などは以前書いていますので略します -- その当時の台湾独立運動と経国の考えが、その後、国民党の作る歴史とかなり乖離していることの証左でもありますが)
で、李前総統が、二二八を国民党政権下での過誤と認めたわけです(これについては国民党はいまだに過ちとは認めない勢力がかなりあります)。
つまり、台湾がいわゆる中国の国土、領土として位置付けられる前に台湾人による独立運動があり、それが日本と中華民国により弾圧されてきたという歴史的事実があるわけです。
簡単に言うと、台湾人のほうが先、なわけ。
で、話をちょっと戻しますと、1971年72年の国連の話はお隣に書きましたので略しますが、この71-72年の間に、中華民国から中華人民共和国へ主権委譲は無かったわけです。で、台湾は、中華民国の領土であるとの認識はいまだに生きているわけです。
たとえ、国連が中華人民共和国を主権国家と認めても、71年以前は中華民国が主権国家であり、その中華民国に対し日本は台湾を明渡したのです。
当時の国連は、お互いに「ひとつの中国」といっているのなら、内政問題だから、お互いで平和的に解決してくれ、といっているだけで、他の国家も似たようなものです。
ただ、国交が正式にあった時点までの経緯や歴史をどの国もどの国際機関も否定したり、過誤と認めたりしているわけではないのですよ。
で、台湾人の民族自決権の行使を、その環境が整った時点では、誰も止めることはできないわけです。
(ここあたりは何度も詳説してきましたので、略)
と、まあ、こうあいなります。
台湾については、馬関条約で日本が清朝から割譲されるわけですが、その当時、つまり清朝の台湾に対する観念は、殖民地程度のものであり、明確に国土としての観念を持っていなかったと思われます。この当時の傍証として面白いのが、その、孫文の満州租借論で、当時の国土や周辺地域(満州や台湾など)についての考えが理解できます。で、この、清朝の殖民地としての台湾の認識については中共シンパの学者たちも、大方首肯し得るものだと思います。
で、台湾は日本の統治下に入るわけです。
(この当時の台湾人については何度か書いていますので、それをご覧ください)
台湾統治下で、台湾人による独立運動が、台湾並びに日本であり、それが日本政府によって弾圧されたことも以前、書きました。
で、日本の敗戦後、台湾は、中華民国、つまり、蒋介石政権に明渡されるわけです。
この時点で、台湾が中華民国の国土として位置付けられるわけで、これについても中共シンパの学者も含め大方の首肯し得るところだと思われます。
(清朝崩壊過程でのいわゆる孫文の中華民国の成立、その後の中華民国内戦を経て、中華民国と中華人民共和国の二つの政府ができるわけですが、日本が中華民国を馬関条約の正当な継承者として認め、明渡したわけで、また、その後の国際社会、国連でも中華民国を主権国家と認めてきた歴史的経緯があるわけです)
で、台湾。二二八による、大規模な台湾独立運動の弾圧。これは、国民党政権の中華民国の下で行なわれた大虐殺であり、台湾人の民族自決を弾圧した事件であります。
また、同時に、原住民に対する虐殺、弾圧も組織的に行なわれました(日本は霧者で原住民と武力衝突を起こし、弾圧したわけですが、蒋介石の国民党政権下でも同様な事件があったわけです)。
で、李前総統による、「中国」の歴史上初めての国民の直接投票による総統選挙が行なわれたわけです。
(蒋経国と辜寛敏の会話などは以前書いていますので略します -- その当時の台湾独立運動と経国の考えが、その後、国民党の作る歴史とかなり乖離していることの証左でもありますが)
で、李前総統が、二二八を国民党政権下での過誤と認めたわけです(これについては国民党はいまだに過ちとは認めない勢力がかなりあります)。
つまり、台湾がいわゆる中国の国土、領土として位置付けられる前に台湾人による独立運動があり、それが日本と中華民国により弾圧されてきたという歴史的事実があるわけです。
簡単に言うと、台湾人のほうが先、なわけ。
で、話をちょっと戻しますと、1971年72年の国連の話はお隣に書きましたので略しますが、この71-72年の間に、中華民国から中華人民共和国へ主権委譲は無かったわけです。で、台湾は、中華民国の領土であるとの認識はいまだに生きているわけです。
たとえ、国連が中華人民共和国を主権国家と認めても、71年以前は中華民国が主権国家であり、その中華民国に対し日本は台湾を明渡したのです。
当時の国連は、お互いに「ひとつの中国」といっているのなら、内政問題だから、お互いで平和的に解決してくれ、といっているだけで、他の国家も似たようなものです。
ただ、国交が正式にあった時点までの経緯や歴史をどの国もどの国際機関も否定したり、過誤と認めたりしているわけではないのですよ。
で、台湾人の民族自決権の行使を、その環境が整った時点では、誰も止めることはできないわけです。
(ここあたりは何度も詳説してきましたので、略)
と、まあ、こうあいなります。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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