Re: 大中至正の看板を降ろす
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2007/12/08 18:10 投稿番号: [13972 / 16409]
まぁ、いろいろと考えて見なきゃならんさ。
ヒトラー・ナチだって、ユダヤを取り締まりだしたときには欧州各国では喝采だったり、バチカンだって容認だったわけだ。それなりの理由や原因があったからそうだったんだろうし、対岸の火事だったから見て見ぬふりだったんだろう。自分達の尻に火がつき始めて、ヒトラー・ナチと争わなきゃならなくなったんだろうよ。
そのユダヤだって戦後はテロ扱いだよ、今じゃ、イスラエルという国を持たせてもらって、パレスチナ人たちや近隣の国の人たちを大量虐殺さ。自分達が迫害されりゃ騒ぐが、他人は平気で殺す。
歴史的反省なんて無いさ。聖書に厭きるだけ書かれているようにどうしようもないのだろう。それがユダヤの民族的限界さ。
ユダヤへの迫害・虐殺が悪で、今イスラエルがやっていることが悪じゃない、とは、余程の屁理屈でもなきゃ言えない。
ところがその屁理屈が通っているだろう。。。おかしなもんだ。
毛沢東というとすぐ悪人扱いだが、場所を換えて、朝鮮半島を見てみなよ。
何をするにも、善政を行おうにも、民百姓のために税を軽減しようとしても、だ、儒学者どもの派閥や役人、お寺なんかが、おいそれとはそうさせない。
そうした悪性な政治情況が数百年とあったわけだ。
眼を中国に向けると、明・清の腐敗の縮図が半島だということがわかる。
ま、同じような構図だな。
さて、その悪性が、民国にもあったわけだ。引き継いだんだね。
で、毛沢東、近代国家を建設しようと頑張った矢先、こうした儒学者やら官僚、大地主から富豪、道・仏の輩、既得権益で生きている連中が猛反発をしたわけだ。
それを中国の前近代性との闘い、と呼べば、それなりな文化大革命の当初の意義も多少は分かろうというものだろう。
知識分子やらブルジョア、宗教が敵だったわけが、さ。
そうした天地をひっくり返すような変化が耐えられなかったのは人民も同じで、そこに中国人の民族的限界もまたあるわけだ。
ところが、ユダヤにしろ、中国人民にせよ、圧力を受けた当事者にとってみたら、加害者は悪だろう。
歴史観と実生活の差異がそこにある。
当事者にしてみたら、こうして書いているような見方は許せないだろうし、軽佻浮薄の誹りを免れないものだろう。
ユダヤは政治経済文化を、法律さえ無視して我がモノとしたから憎まれたし、疎まれたわけだ。
いまだにアメリカだって欧州だって反ユダヤというのは根深いさ。それはユダヤの業の深さにあるのだろうな。
どちらにもそれぞれの理・利があるさ。
ヒトラーといえば悪、毛沢東といえば悪、という紋切り型な今風の考えじゃあなく、その当時の考えで見直すこともたまには必要さ。
で、まぁ、蒋介石。どうなんだろうな?
ヒトラーや毛沢東が悪、という見方で行くと、中共や台湾人にとっては、やつも悪だろう、な。。。
そういう見方の軽薄さもたまには役立つこともある。
ただ、同じ中国人、同じ台湾に住む人々でも、同じ痛みや苦しみを持つ、分享し理解することは不可能だということは厳然としてある。
外省人は台湾人の苦痛を理解できないし、祖国を追われた外省人の苦痛を台湾人は理解できないだろう。
さて、どうする?軽佻浮薄ではあるが、そこを政治でなんとか妥協できる線までもっていけないか?蒋経国の晩年期にはそこそこうまくいっていたじゃないか。
そうしてみると、ユダヤよりは台湾に住む外省人や台湾人の方が余程、智慧がある、ということになる。
その智慧がどう活かせるか、も少し真面目に台湾の人民は考える必要がある。
ヒトラー・ナチだって、ユダヤを取り締まりだしたときには欧州各国では喝采だったり、バチカンだって容認だったわけだ。それなりの理由や原因があったからそうだったんだろうし、対岸の火事だったから見て見ぬふりだったんだろう。自分達の尻に火がつき始めて、ヒトラー・ナチと争わなきゃならなくなったんだろうよ。
そのユダヤだって戦後はテロ扱いだよ、今じゃ、イスラエルという国を持たせてもらって、パレスチナ人たちや近隣の国の人たちを大量虐殺さ。自分達が迫害されりゃ騒ぐが、他人は平気で殺す。
歴史的反省なんて無いさ。聖書に厭きるだけ書かれているようにどうしようもないのだろう。それがユダヤの民族的限界さ。
ユダヤへの迫害・虐殺が悪で、今イスラエルがやっていることが悪じゃない、とは、余程の屁理屈でもなきゃ言えない。
ところがその屁理屈が通っているだろう。。。おかしなもんだ。
毛沢東というとすぐ悪人扱いだが、場所を換えて、朝鮮半島を見てみなよ。
何をするにも、善政を行おうにも、民百姓のために税を軽減しようとしても、だ、儒学者どもの派閥や役人、お寺なんかが、おいそれとはそうさせない。
そうした悪性な政治情況が数百年とあったわけだ。
眼を中国に向けると、明・清の腐敗の縮図が半島だということがわかる。
ま、同じような構図だな。
さて、その悪性が、民国にもあったわけだ。引き継いだんだね。
で、毛沢東、近代国家を建設しようと頑張った矢先、こうした儒学者やら官僚、大地主から富豪、道・仏の輩、既得権益で生きている連中が猛反発をしたわけだ。
それを中国の前近代性との闘い、と呼べば、それなりな文化大革命の当初の意義も多少は分かろうというものだろう。
知識分子やらブルジョア、宗教が敵だったわけが、さ。
そうした天地をひっくり返すような変化が耐えられなかったのは人民も同じで、そこに中国人の民族的限界もまたあるわけだ。
ところが、ユダヤにしろ、中国人民にせよ、圧力を受けた当事者にとってみたら、加害者は悪だろう。
歴史観と実生活の差異がそこにある。
当事者にしてみたら、こうして書いているような見方は許せないだろうし、軽佻浮薄の誹りを免れないものだろう。
ユダヤは政治経済文化を、法律さえ無視して我がモノとしたから憎まれたし、疎まれたわけだ。
いまだにアメリカだって欧州だって反ユダヤというのは根深いさ。それはユダヤの業の深さにあるのだろうな。
どちらにもそれぞれの理・利があるさ。
ヒトラーといえば悪、毛沢東といえば悪、という紋切り型な今風の考えじゃあなく、その当時の考えで見直すこともたまには必要さ。
で、まぁ、蒋介石。どうなんだろうな?
ヒトラーや毛沢東が悪、という見方で行くと、中共や台湾人にとっては、やつも悪だろう、な。。。
そういう見方の軽薄さもたまには役立つこともある。
ただ、同じ中国人、同じ台湾に住む人々でも、同じ痛みや苦しみを持つ、分享し理解することは不可能だということは厳然としてある。
外省人は台湾人の苦痛を理解できないし、祖国を追われた外省人の苦痛を台湾人は理解できないだろう。
さて、どうする?軽佻浮薄ではあるが、そこを政治でなんとか妥協できる線までもっていけないか?蒋経国の晩年期にはそこそこうまくいっていたじゃないか。
そうしてみると、ユダヤよりは台湾に住む外省人や台湾人の方が余程、智慧がある、ということになる。
その智慧がどう活かせるか、も少し真面目に台湾の人民は考える必要がある。
これは メッセージ 13969 (aki_fumika さん)への返信です.
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