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日本軍による琉球大虐殺の証言

投稿者: JAVA_Script 投稿日時: 2008/03/30 16:12 投稿番号: [3175 / 30899]
登野喜屋事件

日本軍の敗残兵に虐殺された事件の目撃証言

〈忘れもしない5月12日の真夜中、十数人の日本兵がきて、私たちをたたき起こし、浜辺に集めました。集まった30名ばかりの避難民を砂浜に座らせ   「オマエらはこれ、でも日本人か。アメリカの捕虜になって恥ずかしくないのか!」といったようなことをわめきたてました。私は信子(14歳)と文子(10歳)を右わきに座らせ、政子(生後6ヶ月)を抱き、幸子(4歳)をひざにかかえるようにして座っていました。そこへ一人の兵隊がつかつかとやってきて   「オイ!   オマエは夫はいるか、何をしている」、とききました   「ハイ、防衛隊に行っています」と答えると   「アメリカの捕虜になんか。、なりやがって、オマエは夫に対してすまんと思わんのか」と、どなりました。14、5人の兵隊たちの中から「用意はできたか」というどなり声がきこえました。そして、かけ声とともに手りゅう弾が私たちの中に投げ込まれたのでした。その一発で信子と文子は即死しました。信子はわき腹を裂かれ、はらわたがあふれ出してしまいました。そのあと、もう一発投げこまれたということですが、私の記憶にはありません。。………私たちを虐殺する前に私たちのリーダーと目された男の人二人が殺されています一人は、登野喜屋部落に入る手前の道ばたで、一本松にしばりつけられ、胸を数か所も銃剣で突きさされて殺されました。もう一人は、東村有銘の山中へつれていって殺したということです。………この虐殺者たちは、日本軍の敗残兵でした。いくら血迷ったとはいえ敵に向けるべきヤイバを一転して住民に襲いかかるなんて、天皇の軍隊の本質を見た思いがします   〉
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