チベット

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http://www.esri.jp/~nobu/asia

投稿者: buritissyonukukimiku 投稿日時: 2008/05/02 01:31 投稿番号: [20427 / 30899]
http://www.esri.jp/~nobu/asia/english/bhutan/tibet.htm

ティソン・デツェン王(742年〜797年)


ソンツェン・ガムポ王の4代後のこの王は、仏教を吐蕃の国教とし、統一するために、インド大乗仏教の学者シャーンティラクシタを招くが、土着宗教の反目にあい、疫病の流行の原因とされ、シャーンティラクシタは一旦カトマンドゥ盆地南西キールティプールに逃れる。
その後、密教行者であり呪術者でもあるパドマサンバヴァ(Padmasmbhava 蓮華生)=グル・リンポチェ(尊称)を伴い再び入蔵、彼の秘術により土着宗教を圧倒したとされ、「古密教」ニンマ派(古派)の祖となる。兜に似た独特の帽子をかぶり、右手に金剛杵、左手に髑髏杯(カパーラ)を持ち、脇に髑髏杖をかかえ持つその姿は、インドの密教行者シッダ(成就者)を意識した姿をとる。 810年サムイェー寺の落慶を済ませ、4月10日にチベットを去ったので、この日は祭りの日となっている。

841年   ティソン・デツェン王の弟ダルマ・ウィドゥムテン王が仏教弾圧。
いわゆるランダルマ王(Glang dar ma 836〜841)の破仏で、それに続く約150年の混乱期を挟み、前・後二期に分けられる。
それぞれ「前伝期」「後伝期」という。
843年   ランダルマ王の2人の子により吐蕃王朝南北に分裂

9世紀から12世紀   「後期密教」俗にタントラ仏教
          無上ゆ伽密教(ゆは喩の王へん)むじょうゆが(最高のヨーガ)
          方便・父(ふ)タントラ
          般若・母(も)タントラ(歓喜仏)
「チベットのモーツァルト」中沢新一/講談社学術文庫
「大楽を体験しつつあるその身体を、いだき合い性行為をおこなう男神と女神の姿で表現しようとした。
女神が未発の運動性を内蔵した空性(般若)をあらわすとすれば、男神はその未発の運動性を存在の世界のほうに引き出そうとする形式力(方便)をしめしている。」

842〜845年   会昌の破仏。中国仏教は民俗色の強い道教、正統宗教の儒教に押され衰退。

10世紀頃、吐蕃王朝の末裔がグゲ、プラン(カイラス山)、ラダックの
      「ガリーの3地域」に一族を分封する。グゲ王国の王城ツァパラン。
テレビNHKの「チベット・チャンタン高原をゆく」1994年11月23日放送でこの地域を知りました。
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