チベット

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

聖火リレー もうひとつの目的とは?

投稿者: drrtmmgrr 投稿日時: 2008/04/25 12:59 投稿番号: [16715 / 30899]
初めて聖火リレーが行われたのは、1936年ナチス政権下のベルリン五輪
であることは有名な話ですね。
一般的には、ヒトラー率いるナチスが国威高揚のため、諸外国にその威信
を見せつけるために行ったと言われれていますが、聖火リレーには
もう一つ重要な目的があったのです。

聖火は五輪生誕の地ギリシャやのアテネから、ブルガリア、ルーマニア、
ハンガリー、チェコスロバキア、オーストリアと各国の首都や主要都市
を経由してベルリンまで運ばれました。
当時東欧諸国はまだ庶民が自家用車を持てるような経済レベルではなく、
道路、橋、トンネルといったインフラはほとんどど整備されていません
でした。
ナチスドイツは聖火を円滑に速やかに運ぶという理由で、アテネから
ベルリンまで各国の主要都市を結ぶ幹線道路、いわゆるアウトバーンを、
ドイツの国費で建設してあげました。
満足な舗装道路すらなかった各国にアスファルト舗装の片側3車線、
両側で6車線、路側帯を入れると8台以上の車両が並行して走行できる
広い、広い道路ができました。
道路だけではなく、広い川には橋を架け、険しい山にはトンネルを掘り
ました。当時世界最先端であったドイツの土木技術、建設ノウハウが
惜しげもなくつぎ込まれました。
ドイツは各国重要都市間の聖火ルートだけでなく周辺の重要都市を結ぶ
道路もついでに建設してあげました。
道路周辺の用地買収(今で言うSA、PA)、夜間でも走行可能な街灯、
電話線、無線鉄塔等の通信設備、全てドイツの資金と技術で建設され
ました。
当時の東欧諸国にはとても建設できないような豪華で頑丈な道路が
完成し、東欧諸国民はみなドイツに感謝しました。

五輪から3年後、第二次大戦が勃発しました。

ナチスの機甲師団は、かつて聖火の通った頑丈な舗装道路を逆走して
東欧諸国へ進軍しました。
戦車、装甲車、兵員輸送トラックは極めて円滑に速やかに移動し、
東欧諸国はあっという間にナチスドイツに占領されました。
道路建設と並行して行われていた諸国の内情調査も占領に役立ちました。

東欧諸国の人々は、五輪前にこのことが予想できなかったっため祖国を
亡失する悲劇に見舞われました。

今、聖火は世界中を回っています。
開催国に国威高揚以外の目的があるとすればそれは何でしょうか。?

歴史に学び悲劇を防ぎましょう。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)