チベット旅行事情
投稿者: alas_and_alack2008 投稿日時: 2008/04/19 20:44 投稿番号: [12846 / 30899]
※1997-98年と少し古い情報ですが、現地の雰囲気は出ています。
◆チベットへ旅行する方へ(ダライ・ラマ法王日本代表部HP)
http://www.tibethouse.jp/travel/travel_to_Tibet.html
>● 我々を圧倒させたのは軍隊の存在ではなく、一般的なチベット人の生活に、あらゆる角度から陰険な中国の影響が及んでいることだ。軍隊はいたが、驚くべき数ではなかった。少人数路上にいる以外、彼らは主に中国居住区域と開放地区は彼らの制限区域となっている。私が出会った一番ショッキングな出来事は、ある小さな村で拡声器を使って約30分間中国語で何か放送していたことだ。拡声器はチベット人の屋根裏や、村の背後にある木の上に設置してあった。その放送の内容は知らないが、誰も反応示さなかったので、それは何らかのプロパガンダではなかろうかと思った。
(1998年11月:オーストラリアのリアン)Rian, Australia, November 1998
● 1997年7月12日に兵隊を積んだ約63台のトラックがラサ方向へ向かっていたのを見た。その2日後、約50台の空のトラックが反対方向へ進んでいるのが見た。
(1997年7月:オーストリアのハンナ)Hanna: Austria, July, 1997
● ノルブリンカの戸の上とギャンツェの丘の上に拡声器が設置してあった。ジョカン寺の屋根付近に2台のビデオカメラが設置してあった。ポタラ宮殿の各部屋内に3,4台のカメラやマイクロホンがあった。
(1997年4月:ドイツ:無名)Anonymous: Germany, April, 1997
● いたる所に軍隊が居た。彼らは旅行者を追いかけて、我々がチベット人に何を話しているか見ていた。中国人の存在は緊張と不安で一杯だった。
(1997年4月:アメリカ 匿名)Anonymous: U.S.A., April 1997
● サムイェでの祭典の最中、全て映画になっていた「中国旅行人」を見た。そこには制服を着た警備員と民間の警備員がいて、彼らは武器を持ち、命令を下していた。中国の「再教育」の影響は僧院のあらゆる所で目撃でき、感じることが出来るのだと我々に語ってくれた。
(1997年7月:オーストリアのハンナ)Hanna: Austria, July, 1997) <
※こちらは2004年の情報
◆チベット自治区観光ガイドより
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/xizang_autonomous_region/tips/each-kankospot-potara-10161660-10084238. html
>未だ中国の支配下にあるチベットですが、
民族の自治独立の象徴として今も崇拝されているチベット仏教。
その中心となるポタラ宮ですが、今でもチベット民族の独立を願い続けています。
反乱や暴動を起こさせないように、またインドに亡命中のダライラマ14世との通信を防ぐ為宮殿内には中国政府の監視の名目で多数のカメラが設置されていて僧侶の多くは観光客と接することをしませんが、
ある部屋で出合った60過ぎの僧侶がお賽銭として日本人が置いていった日本のお札を見て悲しげに、チベットのお札はもう使えないと日本語で訴えてきました。
世界遺産として観光の中心であるポタラ宮ですが、今でも独立を望んでいるのでしょう。
そんな悲しい歴史背景を見学の際に垣間見た瞬間でした。<
青蔵鉄道の開通で昨年は34万人の外国人観光客がラサを訪れたという(うち日本人2割)。
しかし思うのだが、本来ラマ教寺院は観光施設ではない。僧侶が学問を積み、民衆と共に祈りを捧げる場である。
土産物屋(どうせ漢族の経営)なんかもってのほかだし、僧侶達は写真だっていい気がしないだろう。
それにしてもポタラ宮といわずラサ3大寺院といわず当局の監視の目が厳しいのは相変わらずのようだ。
ポタラ宮や寺院内は公認ガイド以外とは話すこともままならない。上の記事を書いた人はかなり幸運だったと思う
◆チベット人権センター
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/xizang_autonomous_region/tips/each-general-10088769.html
◆時系列:チベットとその周辺で今まで何が起きたか(福島香織さんブログ)
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/520027/
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/520012/
↓元メッセージも参照
◆チベットへ旅行する方へ(ダライ・ラマ法王日本代表部HP)
http://www.tibethouse.jp/travel/travel_to_Tibet.html
>● 我々を圧倒させたのは軍隊の存在ではなく、一般的なチベット人の生活に、あらゆる角度から陰険な中国の影響が及んでいることだ。軍隊はいたが、驚くべき数ではなかった。少人数路上にいる以外、彼らは主に中国居住区域と開放地区は彼らの制限区域となっている。私が出会った一番ショッキングな出来事は、ある小さな村で拡声器を使って約30分間中国語で何か放送していたことだ。拡声器はチベット人の屋根裏や、村の背後にある木の上に設置してあった。その放送の内容は知らないが、誰も反応示さなかったので、それは何らかのプロパガンダではなかろうかと思った。
(1998年11月:オーストラリアのリアン)Rian, Australia, November 1998
● 1997年7月12日に兵隊を積んだ約63台のトラックがラサ方向へ向かっていたのを見た。その2日後、約50台の空のトラックが反対方向へ進んでいるのが見た。
(1997年7月:オーストリアのハンナ)Hanna: Austria, July, 1997
● ノルブリンカの戸の上とギャンツェの丘の上に拡声器が設置してあった。ジョカン寺の屋根付近に2台のビデオカメラが設置してあった。ポタラ宮殿の各部屋内に3,4台のカメラやマイクロホンがあった。
(1997年4月:ドイツ:無名)Anonymous: Germany, April, 1997
● いたる所に軍隊が居た。彼らは旅行者を追いかけて、我々がチベット人に何を話しているか見ていた。中国人の存在は緊張と不安で一杯だった。
(1997年4月:アメリカ 匿名)Anonymous: U.S.A., April 1997
● サムイェでの祭典の最中、全て映画になっていた「中国旅行人」を見た。そこには制服を着た警備員と民間の警備員がいて、彼らは武器を持ち、命令を下していた。中国の「再教育」の影響は僧院のあらゆる所で目撃でき、感じることが出来るのだと我々に語ってくれた。
(1997年7月:オーストリアのハンナ)Hanna: Austria, July, 1997) <
※こちらは2004年の情報
◆チベット自治区観光ガイドより
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/xizang_autonomous_region/tips/each-kankospot-potara-10161660-10084238. html
>未だ中国の支配下にあるチベットですが、
民族の自治独立の象徴として今も崇拝されているチベット仏教。
その中心となるポタラ宮ですが、今でもチベット民族の独立を願い続けています。
反乱や暴動を起こさせないように、またインドに亡命中のダライラマ14世との通信を防ぐ為宮殿内には中国政府の監視の名目で多数のカメラが設置されていて僧侶の多くは観光客と接することをしませんが、
ある部屋で出合った60過ぎの僧侶がお賽銭として日本人が置いていった日本のお札を見て悲しげに、チベットのお札はもう使えないと日本語で訴えてきました。
世界遺産として観光の中心であるポタラ宮ですが、今でも独立を望んでいるのでしょう。
そんな悲しい歴史背景を見学の際に垣間見た瞬間でした。<
青蔵鉄道の開通で昨年は34万人の外国人観光客がラサを訪れたという(うち日本人2割)。
しかし思うのだが、本来ラマ教寺院は観光施設ではない。僧侶が学問を積み、民衆と共に祈りを捧げる場である。
土産物屋(どうせ漢族の経営)なんかもってのほかだし、僧侶達は写真だっていい気がしないだろう。
それにしてもポタラ宮といわずラサ3大寺院といわず当局の監視の目が厳しいのは相変わらずのようだ。
ポタラ宮や寺院内は公認ガイド以外とは話すこともままならない。上の記事を書いた人はかなり幸運だったと思う
◆チベット人権センター
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/xizang_autonomous_region/tips/each-general-10088769.html
◆時系列:チベットとその周辺で今まで何が起きたか(福島香織さんブログ)
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/520027/
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/520012/
↓元メッセージも参照
これは メッセージ 12834 (alas_and_alack2008 さん)への返信です.
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