オリンピックの面白い記事その1
投稿者: ee41038 投稿日時: 2008/04/19 17:57 投稿番号: [12704 / 30899]
sina.comでチベット事件についての面白い記事を見つけましたので,和訳して,皆さんの議論の参考になればと思います。
作者:nikelong123(本人曰く“中国系フランス人学者”)
2008年,我々中国人にとって忘れがたい一年になりそうだ。
オリンピック,雪による天災,株価急落,チベット暴動,台湾問題,一年の半分もまだ過ぎていないのに,“パーティー”をしたい人たちはもうお待ち兼ねだ。
この“中国の攻略”は皆さんに異なる角度からの我々の国,政党そして自分自身に対する平和的な考え方を提供するためにある。私の学問や知識は限りがあるが,私が書いた文章が皆さんのひらめきになることを願っている。本文に誤りや間違いをあれば,ご指摘をお願いします。
ー、オリンピック
オリンピックは中国にとってもうただのスポーツのイベントのように単純ではなくなった。最も,それがそんなに単純であることは無かった。
大多数の国民のオリンピックに対する見方は“世界が中国を認めた”ということであろう。たくさんの人たちは“オリンピックを開催するということは中国の今までの発展そして国際的なスポーツ行事の開催能力を世界の国々に認めてもらえたことだ”と認識しているだろう。それと同時に,ある人たちは“オリンピックが中国経済にチャンスをもたらした”,“世界に中国をもっと知ってもらい,国民をもっと世界のことを触れてもらう”と思っているだろう。そこで,ビジネスチャンスが生まれる。
これらの考え方は間違いではない。正確にいうとこれらの思いはまさに中国人の世界に対する思いの表れといえる。中国は貧しい弱小な国から活気のあふれる大国に成長を遂げ,この成果を人々に認めてもらう気持ちがある。自分の成功,自分の声を世界にみて,聞いてもらいたいのである。国民にとってオリンピックは誇りであり,中国にとってオリンピックはチャンスである。中国には“人為一口気,仏為一柱香”(意訳:人は一度の意地のため,仏は一本の線香のために生きる)という格言がある。誇りをもって生きることは既に数千年の歴史の中で人々の心の深いどこかに刻み込まれた。
中国風な観点から見れば,オリンピックは我々が世界にデビューすることなので,それを邪魔する行為は中国を汚すことである。
それは確かだ!しかし,一面的なものに過ぎない。
何年もヨーロッパで過ごした一人の学者として“ヨーロッパの思想で中国式の考え方の理解の仕方”が分かっているつもりだ。
昔,ダルフールというところがある。それがどこにあるかを知っている人はごくわずかで,そこになにが起こったかもね。
作者:nikelong123(本人曰く“中国系フランス人学者”)
2008年,我々中国人にとって忘れがたい一年になりそうだ。
オリンピック,雪による天災,株価急落,チベット暴動,台湾問題,一年の半分もまだ過ぎていないのに,“パーティー”をしたい人たちはもうお待ち兼ねだ。
この“中国の攻略”は皆さんに異なる角度からの我々の国,政党そして自分自身に対する平和的な考え方を提供するためにある。私の学問や知識は限りがあるが,私が書いた文章が皆さんのひらめきになることを願っている。本文に誤りや間違いをあれば,ご指摘をお願いします。
ー、オリンピック
オリンピックは中国にとってもうただのスポーツのイベントのように単純ではなくなった。最も,それがそんなに単純であることは無かった。
大多数の国民のオリンピックに対する見方は“世界が中国を認めた”ということであろう。たくさんの人たちは“オリンピックを開催するということは中国の今までの発展そして国際的なスポーツ行事の開催能力を世界の国々に認めてもらえたことだ”と認識しているだろう。それと同時に,ある人たちは“オリンピックが中国経済にチャンスをもたらした”,“世界に中国をもっと知ってもらい,国民をもっと世界のことを触れてもらう”と思っているだろう。そこで,ビジネスチャンスが生まれる。
これらの考え方は間違いではない。正確にいうとこれらの思いはまさに中国人の世界に対する思いの表れといえる。中国は貧しい弱小な国から活気のあふれる大国に成長を遂げ,この成果を人々に認めてもらう気持ちがある。自分の成功,自分の声を世界にみて,聞いてもらいたいのである。国民にとってオリンピックは誇りであり,中国にとってオリンピックはチャンスである。中国には“人為一口気,仏為一柱香”(意訳:人は一度の意地のため,仏は一本の線香のために生きる)という格言がある。誇りをもって生きることは既に数千年の歴史の中で人々の心の深いどこかに刻み込まれた。
中国風な観点から見れば,オリンピックは我々が世界にデビューすることなので,それを邪魔する行為は中国を汚すことである。
それは確かだ!しかし,一面的なものに過ぎない。
何年もヨーロッパで過ごした一人の学者として“ヨーロッパの思想で中国式の考え方の理解の仕方”が分かっているつもりだ。
昔,ダルフールというところがある。それがどこにあるかを知っている人はごくわずかで,そこになにが起こったかもね。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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