サッカー・アジアカップの反日問題

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>西欧も日本も同じ 植民地主義>続き

投稿者: maxgame951753 投稿日時: 2004/08/12 17:42 投稿番号: [9605 / 21882]
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力不足で困っている隣国を助ける事、これはその国だけでなく、周りの国々をも助ける事に繋がる。したがって、やはり日本の行為は間違ってはいない。これがフルヤの理屈だった。

つまり日本が満州を統括する事は、アメリカがハワイやフィリピンを統括する事以上に、説得力があったわけである。

アメリカの黒人は、このことを独自な見方で見ていた。
しかし、デュボイスほど熱心に洞察し、情報収集に余念のなかったものはいなかった。
1936年、彼は二ヶ月間にわたって世界のあちこちを旅して回ったことがあった。
アジアを訪れたのも、このときが初めてだった。
満州に一週間、中国に十日間、日本には二週間滞在し、その間ずっと、日本が世界情勢やアメリカ黒人にとってどういう影響を与えそうかを『ピッツバーグ・クリア』紙のコラム用に書きつづっていたのだった。

このコラムは、翌1937年の二月から九月にかけて連載された。その中で、デュボイスは『忘れがたい経験』として、次のような事を述べている。

『母国アメリカではけっして歓迎される事のない』一個人を、日本人は心から喜び、迎え入れてくれた。日本人は、われわれ1200万のアメリカ黒人が『同じ有色人種であり、同じ苦しみを味わい、同じ運命を背負っている』ことを心から理解してくれているのだ。

このように、日本が追い求める理想のとりこになったデュボイスは、同じ事を白人が行っているにも関わらず、日本帝国主義による中国侵略は非難しようとはしなかった。デュボイスもまた、フルヤ同様、あくまで日本の視点から見た満州という枠組みでしか、この問題をとらえてはいなかったのだ。
むしろ満州での一週間は、アメリカ黒人として勇気付けられる体験だったに違いない。
『有色人種による植民地指導は、一見の価値がある』と彼は力説した。
日本の役割を信じて疑わない、といった感じだった。このような反応からもわかるように、デュボイスにとって、日本帝国主義と白人による帝国主義は、まったく別のものだったのだ。

デュボイスは、人々を平等に扱わない植民地支配はどの国にも許されるものではないと公言し続けたが、満州については別だとして、同じレベルで扱おうとはしなかった。彼が重要だと考えたのは、満州の人々の福祉と幸せの為に、日本が今何をしようとしているか、ということだった。日本人が入ってきて、満州の人々の暮らしはよくなったのか。それとも悪くなったのか?
もちろん彼の結論はよくなった、であった。
理由はふたつ。
ひとつは、人種偏見や差別がなく、それによるリンチも考えられない事。
もうひとつは、現地の人々が日本の活動によって利益を得ているという証拠が十分に見られること、である。

満州には法と秩序が整っており、また、医療や教育、都市計画などもきちんと研究されている、とデュボイスは考えていた。
このようなことから、満州は平和と秩序に満ちた国となり、人々もまた『幸せであるはず』だという結論にたどり着いたのだ。

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