こんな ことが
投稿者: lifeisshock 投稿日時: 2004/08/11 22:32 投稿番号: [8689 / 21882]
1989年6月4日午前2時、ふと目覚めてテレビのスイッチを入れました。虫が知らせたというのでしょうか。すると、天安門事件の映像が飛び込んできて、仰天しました。すぐにルームメイトを起こして異変を知らせました。彼女は中国から来たばかりの留学生で、祖国の学生が次々と戦車の下敷きになっていくのを見て、大粒の涙を落としました。
私はなんでこんなことが突然隣の中国に起こったのか、全く訳がわからず混乱しました。そして又、こんな恐ろしい映像を、中国人留学生と見ることになった巡り合わせにも驚きました。
その日から留学生同志の連絡を取り合う電話が、頻繁にかかってきました。彼女は都心の街頭で、民主化運動のための募金に立ちました。通りすがりの見知らぬ日本人達が、事件に大変関心を寄せて同情してくれたと感激していました。私も留学生の集会に同行しました。
しかしまもなく、彼女はピタリと活動をやめました。留学生の活動を中国当局がチェックしていて、将来に悪い影響がありそうなのでもう動けないというのです。
同年ベルリンの壁が崩れました。でも天安門は崩れませんでした。訒小平が倒れても中国は変わりませんでした。あの天安門事件はなんだったのか、犠牲になった学生達はいったいなんだったのかと思います。
あの日、中国人留学生の涙を見てから、世界の各地で次々と起こる紛争に、以前にまして心を痛めるようになりました。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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