サッカー・アジアカップの反日問題

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南京大虐殺の数々

投稿者: nanjingren813 投稿日時: 2004/08/11 15:52 投稿番号: [7984 / 21882]
《読賣新聞》従軍記者小俣行男が<中国戦線随軍記者の証言>で書いているように、「強姦しない兵士がほとんどいない、そして女性は殆ど事の後に殺された。」
  、《毎日新聞》の記者鈴木二郎が”南京百人殺し競争”について次のように証言した。「城内に残留した中国軍人を捜索していた時。将校を見つければ、柳の木に縛りつけ、新兵の射撃または銃剣訓練用の生きた的とした。兵士を捕まえたら、穴の前で頭を切り落した。私は二等兵だったので、銃剣で中国兵を刺し殺した。」
  日本軍少尉向井敏と野田岩は句容県城(南京から20キロに離れた所)に入る時、既に各々78人と89人の市民を殺したものであったが、南京城外の紫金山に着く時には、もう105人と106人を殺した。しかし、二人は150人まで記録を延ばす約束をした。この二人の“殺人悪魔 ”の殺人競争は東京の各新聞に広く褒め讃えられ、英雄と称された。しかし、” 殺人競争”の最たるものは田中軍吉大尉であり、彼は300人以上の中国人を日本刀で切り殺した。このことは残念ながら今だよく知られていない。
  日本軍は至る所に行き、毎日千件以上の強姦と殺人を繰り返し、南京の女性は全員恐怖に怯えた。中国女性を蹂躙する仕方が残酷至極であり、古今史上前代未聞であった。屈辱を受けないため、または辱めを受けた後、井戸に身を投じた、首を吊った女性は千万を下らない。
  金陵大学のキャンパス内で、ある11歳の少女が、日本兵に輪姦され死亡した。珠江路のある79歳的老婦が強姦され、その息子が日本兵に命をかけて戦ったが、殺された。2年前に日本記者の訪問を受けた李秀英が当時妊娠7か月で30数回も刀で刺されて生き残った奇蹟も広く知られている。強姦後必ず殺すことは日本軍の規定のようだった。
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