>日本人と中国人へ、冷静に
投稿者: fwfw_2002 投稿日時: 2004/08/11 15:33 投稿番号: [7944 / 21882]
産経新聞2004/08/11
サッカー・アジア杯、中国側席から観戦 中央大非常勤講師・水谷尚子氏
■正しい日本情報与えられない大衆
中国人サポーターによる反日行動の舞台となったサッカー・アジア杯を、日中関係史に詳しい中央大学経済学部非常勤講師、水谷尚子氏が、済南(準決勝)、北京(決勝)で観戦してこのほど帰国した。中国人サポーターの観覧席から見た現場の模様と、日本国内での論評を分析した寄稿を掲載する。
アジア杯における反日行動について、日本の新聞、テレビの一部には、重慶が日中戦争期に日本軍によって爆撃されたから、また北京は政治首都なので激しいブーイングが起きたとの見解があった。だが、この解説はまったく的を射ていない。
バーレーン対日本戦が行われた山東省済南市は、「山東出兵」(一九二七−二八年、計三回)や「済南事件」(二八年)の舞台となり、全面的に日本軍と死闘を繰り広げた地であるから、重慶以上に反日感情が強くてしかるべきだ。ところが、この地では、観客席での反日行為はあったものの、重慶や北京に比べれば、まだ穏やかであった。
私は済南・北京のサッカー場で、中国人サポーターの席から試合を観戦したが、北京では周囲に自分が日本人であると気付かれないよう相当気をつかったものの、済南では身の危険を感じなかったばかりか、「ちきしょう、日本は運がいいぜ。まあ運も実力か」と話しかけられた。ボランティアの係員や警察官が私を日本人と知って周囲をうろうろするので、「座ってくれないと見えないじゃない」と言ったら周囲から笑いが漏れたほどである。
済南では日産自動車の宣伝用うちわが場外で大量に配布された。中国人はこれを焼いたり踏んだりするようなことはなく、会社名が堂々と書かれたうちわで涼みながら日本にブーイングを送るという、ややおかしくさえもある光景ともなったのだ。
そのブーイングだが、済南ではまさに「ブー」「ウー」といった不快感を示す擬音語にとどまっていた。テレビ中継では聞き取れなかったと思うが、これが北京では日本人を指す侮蔑(ぶべつ)語の「小日本」に、きわめて汚い性的な罵倒(ばとう)表現を冠してのシュプレヒコールが繰り返されていたのだ。ハーフタイムにも、北京では日本人サポーターの固まった観覧席に向けて抗日歌曲の大合唱となった。
済南のサッカー場がさほど険悪な雰囲気にならなかったのには、ボランティアの功績が大きい。山東大学と山東師範大学の学生たち、特に外国語学部の学生が観客に「マナーを守って観戦しよう」と呼びかけた。警察による物々しい警戒よりも、若い世代が若者に呼びかける力は大きかった。北京ではこうした若者による呼びかけは一切見受けられなかったばかりか、ジュラルミンの盾を持った武装警察部隊や大型の警察犬が場内外で威圧感を与え、かえって一般大衆の反感をかったように思える。
北京の決勝戦が始まる直前、私は反日的な民族運動で知られる「愛国者同盟」や「中国民間保釣同盟」(釣魚島=尖閣諸島の中国名=防衛同盟)の関係者らに会っていた。私はこの二つの組織のトップが、重慶出身者であると知っていたので、「反日をあおった元締めか?」と疑ったが、口々に「サッカー場での反日行為は、僕たちが組織したわけではない」「あれは中国人の民意である」と強調した。
これらの組織の会員である二十代の青年は、真顔で私に「日本のアニメや製品は大好きなのに、釣魚島にせよ、日本はどうしていつも中国を恫喝(どうかつ)ばかりするのか?」と聞いてきた。よって立つ知識が違い、両国の信頼関係が築かれていないことを実感した。
今回の言動をもって、日本人が中国の一般大衆を「民度が低い」と断じることに私個人は賛成できない。決して中国人は分からず屋ではないはずだ。彼らは「知らされていない」のである。
民意は力で抑えられない。
川口順子外相は「難しい問題が起きたことは残念だが、中国政府は最大限に努力したと思う」と中国側の警備を評価したようだが、このコメントには疑問を感じざるを得ない。力で民衆の反日感情を抑えようとしたことを評価するのではなく、本来中国に対して発言すべきは、正しい日本知識を正直に流す「日本情報の自由化」を求めることではないのか。
両国の民衆の憎しみの連鎖を断ち切るためにも、中国で固定化された「悪しき日本人」のイメージを打破するためにも、最も大切なのは「日本に関する情報交換と言論の自由」なのだ。
サッカー・アジア杯、中国側席から観戦 中央大非常勤講師・水谷尚子氏
■正しい日本情報与えられない大衆
中国人サポーターによる反日行動の舞台となったサッカー・アジア杯を、日中関係史に詳しい中央大学経済学部非常勤講師、水谷尚子氏が、済南(準決勝)、北京(決勝)で観戦してこのほど帰国した。中国人サポーターの観覧席から見た現場の模様と、日本国内での論評を分析した寄稿を掲載する。
アジア杯における反日行動について、日本の新聞、テレビの一部には、重慶が日中戦争期に日本軍によって爆撃されたから、また北京は政治首都なので激しいブーイングが起きたとの見解があった。だが、この解説はまったく的を射ていない。
バーレーン対日本戦が行われた山東省済南市は、「山東出兵」(一九二七−二八年、計三回)や「済南事件」(二八年)の舞台となり、全面的に日本軍と死闘を繰り広げた地であるから、重慶以上に反日感情が強くてしかるべきだ。ところが、この地では、観客席での反日行為はあったものの、重慶や北京に比べれば、まだ穏やかであった。
私は済南・北京のサッカー場で、中国人サポーターの席から試合を観戦したが、北京では周囲に自分が日本人であると気付かれないよう相当気をつかったものの、済南では身の危険を感じなかったばかりか、「ちきしょう、日本は運がいいぜ。まあ運も実力か」と話しかけられた。ボランティアの係員や警察官が私を日本人と知って周囲をうろうろするので、「座ってくれないと見えないじゃない」と言ったら周囲から笑いが漏れたほどである。
済南では日産自動車の宣伝用うちわが場外で大量に配布された。中国人はこれを焼いたり踏んだりするようなことはなく、会社名が堂々と書かれたうちわで涼みながら日本にブーイングを送るという、ややおかしくさえもある光景ともなったのだ。
そのブーイングだが、済南ではまさに「ブー」「ウー」といった不快感を示す擬音語にとどまっていた。テレビ中継では聞き取れなかったと思うが、これが北京では日本人を指す侮蔑(ぶべつ)語の「小日本」に、きわめて汚い性的な罵倒(ばとう)表現を冠してのシュプレヒコールが繰り返されていたのだ。ハーフタイムにも、北京では日本人サポーターの固まった観覧席に向けて抗日歌曲の大合唱となった。
済南のサッカー場がさほど険悪な雰囲気にならなかったのには、ボランティアの功績が大きい。山東大学と山東師範大学の学生たち、特に外国語学部の学生が観客に「マナーを守って観戦しよう」と呼びかけた。警察による物々しい警戒よりも、若い世代が若者に呼びかける力は大きかった。北京ではこうした若者による呼びかけは一切見受けられなかったばかりか、ジュラルミンの盾を持った武装警察部隊や大型の警察犬が場内外で威圧感を与え、かえって一般大衆の反感をかったように思える。
北京の決勝戦が始まる直前、私は反日的な民族運動で知られる「愛国者同盟」や「中国民間保釣同盟」(釣魚島=尖閣諸島の中国名=防衛同盟)の関係者らに会っていた。私はこの二つの組織のトップが、重慶出身者であると知っていたので、「反日をあおった元締めか?」と疑ったが、口々に「サッカー場での反日行為は、僕たちが組織したわけではない」「あれは中国人の民意である」と強調した。
これらの組織の会員である二十代の青年は、真顔で私に「日本のアニメや製品は大好きなのに、釣魚島にせよ、日本はどうしていつも中国を恫喝(どうかつ)ばかりするのか?」と聞いてきた。よって立つ知識が違い、両国の信頼関係が築かれていないことを実感した。
今回の言動をもって、日本人が中国の一般大衆を「民度が低い」と断じることに私個人は賛成できない。決して中国人は分からず屋ではないはずだ。彼らは「知らされていない」のである。
民意は力で抑えられない。
川口順子外相は「難しい問題が起きたことは残念だが、中国政府は最大限に努力したと思う」と中国側の警備を評価したようだが、このコメントには疑問を感じざるを得ない。力で民衆の反日感情を抑えようとしたことを評価するのではなく、本来中国に対して発言すべきは、正しい日本知識を正直に流す「日本情報の自由化」を求めることではないのか。
両国の民衆の憎しみの連鎖を断ち切るためにも、中国で固定化された「悪しき日本人」のイメージを打破するためにも、最も大切なのは「日本に関する情報交換と言論の自由」なのだ。
これは メッセージ 7907 (ryugawa2000 さん)への返信です.