サッカー・アジアカップの反日問題

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>Re:Grassingpaper

投稿者: kirigirisuatoari 投稿日時: 2004/08/11 13:42 投稿番号: [7783 / 21882]
今回の反日報道を見て、少し本を読んで勉強しました。

日本軍は中国と戦争をする気はなかった。日本が当時敵国と考えていたのはロシア。ロシアは南下して日本をも植民地化しようとしていた。

日本軍が北京郊外で夜間演習を行っていた昭和12年7月7日、突然中国軍が日本軍に向かって発砲してきた。

それから、中国との小競り合いが始まった。先に仕掛けてきたのは中国。

そんな中、7月29日北京郊外の通州で、現地に居住していた民間日本人232人がむごたらしい殺され方をした。今でいう、現地の邦人企業社員やその家族が虐殺されたということだ。(いわゆる、通州事件)

そのことがきっかけとなり、上海での本格的な戦闘が始まった。そのときまでに、中国はすでに日本軍向けに何年もかけて秘密裏に陣地をつくっていた。

ドイツ軍から訓練を受け、中国軍は強い部隊に成長していた。日本の上海派遣軍は8月23日から上陸を始めたが苦戦した。しかし、徐々に盛り返した。

結局、同年12月1日、当時の首都南京にまでじりじりと後退する中国軍を追い詰めていった。

12月12日、中国軍は事実上の敗北となり軍内に撤退命令が出された。しかし、多くの中国人兵士は軍服のまま撤退するのを避け、軍服を脱ぎ民間人に成りすまし難民区に逃げ込んだ。

そこで、日本軍は翌日12月13日から南京で掃討作戦に入り、民間人になりすましてひそんでいた中国人兵士をを掃討していった。このとき多くの死者がでたが、それは戦闘行為の一環としてなされたことである。

なぜか、このときの掃討作戦が南京大虐殺と呼ばれるようになってしまっている。

結局、上海での戦闘で中国軍は3万あまり死んだが、日本軍も2万あまりの犠牲を出している。南京での掃討作戦は激しい戦いの中での出来事であった。

無抵抗の中国人民間人を日本軍が虐殺したのでは決してなく、むしろ通州でおきた事件こそ、無抵抗の日本人が虐殺されたのです。

引用:「南京事件」日本人48人の証言/小学館文庫
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