サッカー・アジアカップの反日問題

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反日教育の現場

投稿者: fuwa_fuwa_momorin 投稿日時: 2004/08/10 21:16 投稿番号: [6926 / 21882]
  雨花台陵園は国民党に処刑された革命烈士らをまつる場だが、そこから車で十数分の所に、「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館」(南京大虐殺記念館)がある。一九三七年十二月、南京に入城した日本軍が三十万人を殺し、略奪や婦女暴行などの蛮行をほしいままにしたと中国が主張する「史実」が写真や模型などで再現されている。

  ここでも一群の小学生と出会った。参観を終え記念館から出てきた生徒たちは神妙な表情で、引率教師の号令で記念館に向かって一斉に黙祷(もくとう)をささげる。

  中年の女性教師に「歴史の授業ですか」と尋ねると、「そうです」とぶっきらぼうに答え、背を向けた。雨花台でもそうだったが、「ニーハオ(こんにちは)」と声をかけても無視する生徒が少なくなかった。南京では反日教育の「成果」は十分上がっているようだ。
     
  南京大虐殺記念館のような抗日戦争記念館は、北京、瀋陽など全国各地に約百ある。その大半は一九九〇年代に新設されたり、改築・拡充されたりした。江沢民国家主席の指示で、国民への歴史教育を徹底するためで、小学生にも参観を義務付けている地方が多い。

  多くの記念館には江主席の筆による「歴史を鑑(かがみ)に未来を拓(ひら)く」との言葉が掲げられ、主要館の説明文には最近、日本語、英語の翻訳が併記されるようになった。外国人参観者の大半を占める日本人向けであり、日本人に「正しい歴史」を教えようとの意図が見える。

  江主席の意向を反映した措置、と関係者は言う。江主席は日本の歴史認識に反感を持っているのは周知だが、九八年秋の訪日以後、一層日本嫌いになったといわれている。歴史問題を「教育」する意図が日本世論の反発を買い、空回りしたためだ。

  幾多の日中摩擦の中で、歴史問題ほど頻度が高く、深刻化するものはない。昨年は扶桑社発行の中学歴史教科書や小泉純一郎首相の靖国神社参拝をめぐって紛糾したが、今年も靖国神社を参拝した小泉首相に江主席は強い不信感を表明した。

  歴史問題とは、日本人が過去の「中国侵略」を反省し、謝罪しろという中国側の要求であり、これに反する言行や政策は「中国人民の感情を傷つけた」「軍国主義復活につながる」として、しばしば内政干渉に等しい圧力をかけてくる。

  中国側は歴史認識を「日中友好の踏み絵」に使い、中国と有形無形の利害関係を持つ政治家や民間人を取り込むカードにしている。最近訪中し中国首脳と会談した与野党の政治家は、「歴史を鑑に」を口にし、「侵略戦争」を反省することがパターン化した。

  歴史問題は政府間では七二年の国交正常化時の日中共同声明で決着している。正常化以降、第一次教科書問題が起こった八二年まで、歴史問題が日中の紛争になったことはなかった。しかし中国の改革開放が進み、日中交流も盛んになるに従い、歴史問題が頻繁に発生する。

  その背景には、中国国内の改革開放をめぐる論争と権力闘争があったといわれる。例えば、改革積極派の故胡耀邦総書記は、中曽根康弘首相と親交を結び、対日友好を推進したが、中曽根氏が八五年に靖国神社を公式参拝した後、保守派長老の猛批判を浴び、後に失脚する一因になった。

  八九年六月の天安門事件後、抗日戦争世代の長老に推され総書記(後に国家主席兼任)になった江沢民氏が、各地に抗日記念館を建設し、歴史教育を強化したのは、長老への気配りだけではなかった。

  日本の研究者の間では、共産党への求心力回復に反日的な歴史教育が使われているとの見方が一般的だ。天安門事件後、国民の共産党不信が一段と高まる中で、江沢民氏は、党の威信と求心力回復のため、党の指導で勝利した抗日戦争を愛国主義の高揚に利用したというわけだ。

  各地の抗日記念館には、目をそむけたくなる展示が多い。それを参観した小学生が、日本人にどんなイメージを持つか想像に難くない。
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