そうそう
投稿者: pochipochitama 投稿日時: 2004/08/10 00:02 投稿番号: [5062 / 21882]
うちの母親は旧満州(結構北京に近い方)で産まれたんだけど、
国民軍と八郎軍の戦闘の中を、銃弾かいくぐって小学校に通ったそうです。
市街戦やってるニュースなんか見ては、運が悪きゃ死んでたんだなぁと呟いています。
もひとつ。
収容所に放り込まれたんだけど、女の子のとばれると危ないからと、
母は頭を坊主刈りにして男の子の格好をしていたそうです。
しかし、ちょっとしたことで、中国人に女の子だと言うことがばれてしまい、
ソ連兵の「相手」をさせるからと連れて行かれそうになったんだそうです。
たまたま、祖父が身障者だったために戦争に取られておらず、
それまでは中国人とも仲良く付き合っていたため、
うちの子だからと懇願したところ、見逃してもらえたそうですが・・・
余所の子だったら、陵辱されたあげくに殺されてたんでしょうね。
ちなみに当時、母は11才だったそうです。
その前には暴動にあって、家財道具一式みんな取られたそうですし。
ただ、お釜も鍋もなくなって途方に暮れていたところ、誰かがこっそりとお鍋を放り込んでいってくれたそうですけど。
仲良くしていた裏の家の中国人じゃないかな、と母は言ってます。
そう言う人もいるんですけどねぇ。
ただ、戦時中は、日本の警察官だか憲兵だかが中国人を殴る蹴るしていたのをよく見かけたそうです。
なんでこんな酷いことをするのかなぁと思ってはいたので、暴動が起きた時は、あれの仕返しなら仕方がないわな、
と幼心に思ってはいたそうですけどね。
これは メッセージ 3331 (lucien_levy_bruhl さん)への返信です.
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