Re:漢人は日本を侵略したか?honinnnn
投稿者: jack_soul_of_japan 投稿日時: 2004/08/08 17:03 投稿番号: [2360 / 21882]
本当に歴史を知らないんだね、あなた。(涙)
明治19(1886)年8月1日に長崎沖に突如として清国北洋艦隊新鋭戦艦「定遠」「鎮遠」と巡洋艦「済遠」「威遠」の4隻が日本政府に何ら予告も無く、無許可で修理のためと称して突然、長崎に入港した。暴挙も暴挙、あり得べからざる一大侵略行動だ。要するに弱小国日本をなめきっていたのだ。艦名の「遠」は外国を意味し、特に日本を指していた。「定遠」「鎮遠」は日本を鎮定する意味だ。この両艦はドイツのフルカン社製で、排水量7400t、主砲は30センチ4門。当時世界第一の大戦艦であった。その頃、日本海軍は英国アームストロング社製の「浪速」と「高千穂」(3千トン)の小艦があるだけであった。そのあげく、8月13日には清国水兵が勝手に上陸を開始した。兵力は5百人以上、そして長崎市内をのし回り、商店に押し入って金品を強奪した。酒を探して飲み、市民の女性を追いかけ強姦するなど、散々に暴れまわった。
清国水兵は辮髪(べんぱつ)をしていた。頭髪を一部残してそり落とし、残りを編んで長く後ろへ垂らした満州族の髪形だ。その髪を蛇のように振り立てて、わめき狂うのだから、長崎市民にはまるで鬼のように見えた。急報により日本人巡査が鎮圧に出動したが、多勢に無勢、袋叩きにあった。やがて応援の巡査の一隊がかけつけて、双方抜刀して市街戦になった。斬りあいの結果、双方とも80数人の死傷者を出した。この長崎事件は当時、日本全国に一大ショックを与え、支那に対する敵愾心が烈火のごとく燃え上がった。(益井康一著『日本と中国はなぜ戦ったのか』光人社)
>私の記憶では、漢人が攻めてきたことはないと思っています。
記憶に無いじゃ無くて、脳みそや知性や教養が無いんじゃねーの(笑)
これは メッセージ 2198 (honinnnn さん)への返信です.
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