Re: 自由への疾走の果てに
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/10/24 13:42 投稿番号: [21060 / 21882]
おどろいたねぇ、まったく。
>他人の不幸をダシに相手を非難することの下劣さ、不見識というのは君には分からない。
誰の不幸だ?中国人の不幸か?撃ち殺されたチベット人の不幸か?
>歴史的経緯などはどうでもよく、ただ片方だけを表相的に非難すれば事足りる、というやり方は、
歴史的な何だ。どのような歴史的経緯があれば、丸腰のチベット人が射殺される正当な理由になるのかね。たとえ、万が一このチベット人が大勢の人間を殺して逃亡したのだとしても、その時丸腰で警備兵に命の危険がないのであれば射殺する理由にはならない。
要点はそれだけだ。他の理由など要らない。中国人の不幸も歴史の経緯もコバのバカさ加減も要らない。
中国の非難をしている側は、特別な例を除いて理由の如何によらず中国の非人間性を指摘しているのだ。それを擁護する連中の欺瞞を非難しているのだ。
AもBもCも無い。しかし、コバは耳当たりの良い言葉を言う特定の人にだけすり寄り、心底を吐露し、他の表現で指摘する側には反射的に牙を剥き罵倒を返す。そのような根性が賤しいというのだよ。
反発をするのは良い。が、そのために認めるべき物を否定する愚は犯すな。
>意見交換なんかできるわけがないじゃないか?
出来るわけないさ。たたき台だもの。
>主題はなんだ?一言です。ごめんな、さようなら。
そして、性懲りもなくなんどでも戻ってくる。
再度詠み人知らず
戸陰より
ミミズ掘り出す
トカゲかな
(じめじめした戸の陰の泥の中からトカゲがミミズを掘り出しつつく様を詠んでいる。ミミズは潜っていたいのだが、トカゲを見るとつい頭を出し、掘り出されてしまうその愚かさを表している)
針の先
ミミズは踊る
水の中
(魚の餌として釣り針の先に付けられたミミズが、水の中で自分は自由に踊っていると勘違いしている哀しさを詠んでいる。自由がないのに、自由だと思いこむ哀しさが良く表れている)
アスファルト
日干しミミズの
あわれさよ
(雨の間にアスファルトに這いだしてきたミミズが、カンカン照りになり、あわてて潜ろうとしても叶わずあえなく日干しミミズになる哀れさを詠んでいる。場違いな場所に出ると、時に命取りになることを表現している)
共に、秀逸な作である。
これは メッセージ 21059 (cobapics0506z さん)への返信です.
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