義なる者、patoriot_kura 様へ
投稿者: fugi_sha 投稿日時: 2005/10/22 00:45 投稿番号: [19351 / 21882]
patoriot_kura 様あなたのコピペ資料
大変勉強になります。
わたくしは、いつも義について考察していたROMERの不義者です。
義とはなにか!
不義とはなにか! 義なる者、不義者なる者たち、つまり、罪人の罪価は何に連動するのか!
崇拝における。「聖書的な意味における義とは,神を規準とする正しい状態のことであり,その状態は神の規準にしたがって評価されるもので,神に従順な行状となって表われる。また,何よりも神との関係,ならびに神のみ前における歩み方とかかわりがある。それはディカイオシュネー テウー(神の義)であり,またそう呼ばれている。それは神に属する義,神のみ前で価値のあるもの,つまり神のような義である。
では国体における神とはなんだ!
そうである。国家崇拝である。つまり国家崇敬の念が義であり、不義なる者は
国体に於いては護国のため間引かなければならないのでは?
国体偶像化及び天皇陛下神格化
と賛美と義者との関係は、その高潔さや廉直さが知られているなら「義なる」人であると言えますね。
それらは国体にとって極めて善良な義人であると思えます。
あるROMERより。
これは メッセージ 19344 (patoriot_kura さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/a55a5ca5aba1bca1a6a5a2a58a5a2a5aba5ca5wa4nhbfffcldbj_1/19351.html