yasei7さんのまじめな光篇の質問
投稿者: omoshirokunaiwa 投稿日時: 2005/06/18 18:38 投稿番号: [18029 / 21882]
たぶん、あなたは私に対してまじめに質問して下さったと思います。
kee_tarouさんもまじめに初めてわたしに質問して下さったのでまじめに本気に解答しました。(間違っているかどうかは本人さんたちの研究次第です。)私としてはだれが何と言おうとね♪。だから晴れ晴れした気持ちになりました。
そういうわけでkee_tarouさんにも感謝しています。
では本題のあなたからの質問に合理的な方法で解答します。(間違っているかもしかし、あなたも研究してください)
質問1の解答。
>「光が分散する道はどこか」
とはどういう意味ですか?<
まず手元に聖書を準備し、ヨハネによる書 の冒頭を読むと分かります。
ヨハネによる書一章
1節. 初めに言葉がおり,言葉は神と共におり,言葉は神であった。
注解、(所謂ロゴスである)
2節.この方は初めに神と共にいた。
3節. すべてのものは彼を通して存在するようになり, 彼を離れて存在するようになったものは一つもない。
4節.は命であり,命は人の光であった。
5節.そして,光は闇の中で輝いているが,闇はこれに打ち勝ってはいない。
6節.神の代理者として遣わされた人が現われた。その名はヨハネといった。
7節. この[人]は証しのために,つまり光について証しをするために来た。それは,あらゆる人が彼を通して信じるためであった。
8節. 彼はその光ではなく,その光について証しをすることになっていた。
9節. どんな人にも光を与える真の光が世に入ろうとしていた。
==========================================================
ヨハネによる書の聖句は一節〜九節まで
このように書かれていてどのようにお考えになられましたか?
つまり比喩的光それはまさにヨハネの証しにより人々に光が分散された。
※
まさにあなたの質問の「光が分散する道はどこか」と云う疑問はここでも解釈できるのでは
質問 2:
これに於いて人間は3,000年以上前(ヨブ記38章24節でヨブは完全に神の問いかけに答えられない)
エリフはヨブの苦難の試練のとき何と問いかけましたか?
ヨブ記38章
1節.そこで主は風あらしの中からヨブに答えて言われた,
24節.では,光が分散する道はどこか。
[また]東風が地の上で四散する[道は]。
①つまり、試練のヨブに神の御意志を完全にはかり知ることは人間には出来ないという、比喩的な言い回しなのです。
>それが光の創造者によって提起された質問ですか?<
↑
当然、旧約聖書のヨブ記38章24節で分かりますね♪。
質問3は上記①に連動して判断して下さい。
質問 4 旧約聖書、創世記1章1節から読み解釈して下さい。
創世記1章
1 節.初めに神は天と地を創造された。
2節. さて,地は形がなく,荒漠としていて,闇が水の深みの表にあった。そして,神の活動する力が水の表を行きめぐっていた。
※
3節. それから神は言われた,「光が生じるように」。すると光があるようになった。4 そののち神は光を良いとご覧になった。そして神は光と闇との区分を設けられた。5 そして神は光を“昼”と呼ぶことにし,闇のほうを“夜”と呼ばれた。こうして夕となり,朝となった。一日目である。
だから、分かるように比喩的形容詞であることが多い。
質問4であなたが問う、それとも、3000年以上前に創造者が質問を提起したと言うことですか?
と云うことがヨブ記のヨブの試練を見て理解できたと期待します。
また、質問の光とは比喩的形容詞と理解してほしい。
また意味としては私は
神の"御意志"である"言葉"即ち、"ロゴス"でもある比喩的光と私は考えている。
以上yasei7さん♪
kee_tarouさんもまじめに初めてわたしに質問して下さったのでまじめに本気に解答しました。(間違っているかどうかは本人さんたちの研究次第です。)私としてはだれが何と言おうとね♪。だから晴れ晴れした気持ちになりました。
そういうわけでkee_tarouさんにも感謝しています。
では本題のあなたからの質問に合理的な方法で解答します。(間違っているかもしかし、あなたも研究してください)
質問1の解答。
>「光が分散する道はどこか」
とはどういう意味ですか?<
まず手元に聖書を準備し、ヨハネによる書 の冒頭を読むと分かります。
ヨハネによる書一章
1節. 初めに言葉がおり,言葉は神と共におり,言葉は神であった。
注解、(所謂ロゴスである)
2節.この方は初めに神と共にいた。
3節. すべてのものは彼を通して存在するようになり, 彼を離れて存在するようになったものは一つもない。
4節.は命であり,命は人の光であった。
5節.そして,光は闇の中で輝いているが,闇はこれに打ち勝ってはいない。
6節.神の代理者として遣わされた人が現われた。その名はヨハネといった。
7節. この[人]は証しのために,つまり光について証しをするために来た。それは,あらゆる人が彼を通して信じるためであった。
8節. 彼はその光ではなく,その光について証しをすることになっていた。
9節. どんな人にも光を与える真の光が世に入ろうとしていた。
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ヨハネによる書の聖句は一節〜九節まで
このように書かれていてどのようにお考えになられましたか?
つまり比喩的光それはまさにヨハネの証しにより人々に光が分散された。
※
まさにあなたの質問の「光が分散する道はどこか」と云う疑問はここでも解釈できるのでは
質問 2:
これに於いて人間は3,000年以上前(ヨブ記38章24節でヨブは完全に神の問いかけに答えられない)
エリフはヨブの苦難の試練のとき何と問いかけましたか?
ヨブ記38章
1節.そこで主は風あらしの中からヨブに答えて言われた,
24節.では,光が分散する道はどこか。
[また]東風が地の上で四散する[道は]。
①つまり、試練のヨブに神の御意志を完全にはかり知ることは人間には出来ないという、比喩的な言い回しなのです。
>それが光の創造者によって提起された質問ですか?<
↑
当然、旧約聖書のヨブ記38章24節で分かりますね♪。
質問3は上記①に連動して判断して下さい。
質問 4 旧約聖書、創世記1章1節から読み解釈して下さい。
創世記1章
1 節.初めに神は天と地を創造された。
2節. さて,地は形がなく,荒漠としていて,闇が水の深みの表にあった。そして,神の活動する力が水の表を行きめぐっていた。
※
3節. それから神は言われた,「光が生じるように」。すると光があるようになった。4 そののち神は光を良いとご覧になった。そして神は光と闇との区分を設けられた。5 そして神は光を“昼”と呼ぶことにし,闇のほうを“夜”と呼ばれた。こうして夕となり,朝となった。一日目である。
だから、分かるように比喩的形容詞であることが多い。
質問4であなたが問う、それとも、3000年以上前に創造者が質問を提起したと言うことですか?
と云うことがヨブ記のヨブの試練を見て理解できたと期待します。
また、質問の光とは比喩的形容詞と理解してほしい。
また意味としては私は
神の"御意志"である"言葉"即ち、"ロゴス"でもある比喩的光と私は考えている。
以上yasei7さん♪
これは メッセージ 17998 (yasei7 さん)への返信です.