サッカー・アジアカップの反日問題

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れ:>れ:この人も・・・

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2005/05/19 22:31 投稿番号: [17550 / 21882]
いえいえ、クラちゃんこそよくご存知でm(_ _)m

他に、礼拝堂を建てる前の話ですが、日本の捕虜となった兵士達は「海外俘虜収容所(松山)」にいました

収容所と一口で言いますが、想像するようなオトロシイところではなかったんですね、どういうことかと言いますとこの捕虜の待遇が日本人よりも良かったんです
いえ、松山市長よりも待遇が良かったとも言われていましたっけ


行動範囲も収容所から半径4キロは自由行動でしたし

戦時下において、捕虜にしてみると「なんで?」と肩透かしをくらったに違いありません

バーグ条約を遵守した結果、博愛処遇で将校の妻子も呼び寄せることも可能だったみたいです


情けをかける日本人らしい、武士道の精神が窺い知れますね


墓地もロシアの方向に向いて立てられていますし、どこまで行っても見上げた精神です

元来、ロシア人はおおらかなところがあり、日本の待遇にかなり感動を覚えたようですが、ドイツ人は違ってました

なんと、祖国の楽曲を聴きたいと言いはじめたらしいのです
それで松山収容所は特例を出し、ドイツ人に楽器の製作を許可したんですね

繰り返しますが、収容所であり捕虜の身分でですよ


他の収容所においてもですが、やはり待遇は良く、ドイツ人が自作した楽器でコンサートをする始末
しかし、これらを容認してきた日本政府も寛容すぎるくらい寛容ですね


このような話は知っていて当然だったハズが、「逸話」と化してしまいました
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