中国人のお土産の感覚について
投稿者: ihoujin1988 投稿日時: 2005/03/02 19:36 投稿番号: [16384 / 21882]
ジャーナリストの田中信彦(くれぐれも落合信彦と間違わないように)がまた面白いものを書いたから、紹介する。
「ささやかなおみやげがとんでもない誤解を生む国」
「これはどういう意味か」。日系企業に勤める知人の上海人が真面目な顔で相談に来た。旧正月の休み中、日本に戻っていた日本人駐在員からお土産をもらったのだが、それがあまりに粗末な物なので「何か意図があるのではないか」と心配になったのだ。その時は日本人の心理を説明して大笑いになったのだが、お土産1つを取っても異文化のコミュニケーションは難しい。
▼お土産を重視するのは一緒、でも考え方は大違い
海外との間を行き来する人間にとってお土産をどうするかは頭の痛い問題である。欧米ではやや状況が違うようだが、日本や中国などの東アジアでは「お土産」の作用は非常に重要で、あたらおろそかにできない習慣になっている点で共通性がある。しかし同じくお土産を重視するといっても、場所によってかなり考え方の違いがあるので、やり方次第では心遣いも無駄になるばかりか、逆効果というケースも発生する。冒頭の知人の場合、状況はこうである。彼女は上海のある小売業に勤務しており、取引先の1つに日系企業がある。そこの若い日本人駐在員が旧正月の休みで一時帰国した。休み明けに戻った彼は、知人のところにやってきて「お土産です」と透明なビニールの小袋を手渡した。中を見ると、お湯で溶かすとすぐ飲めるインスタントの味噌汁が2杯分入っており、小さな付箋に「ささやかなお土産です。○○より」と書かれている。市販の即席味噌汁を小分けにして周囲に配っているものらしい。受け取った知人は、その場では謝礼を言って別れたのだが、どうも腑に落ちない。「何でこんな粗末なものをわざわざ持ってくるのか。嫌がらせをしているわけでもないだろうが…」と怪訝な顔である。ここには日本人と中国人の贈り物に対する感覚の違いが如実に表れている。この日本人の感覚からすれば、要は心遣いが大切であって、金額の多寡は二の次である。むしろあまり高価な物を渡せば相手は負担に感じてしまい、迷惑にもなりかねない。とにかく相手に対して「気を配っているよ」というメッセージが伝わればそれでいい、という感じだろう。
▼「気配り」の日本、「評価」の中国
ところが中国社会では、人に物を贈るという行為は相手に対する「自分の評価を伝える」ことを意味する。人と人の間で贈り、贈られる物やカネの価値は最も正直なメッセージであると考えるのが中国社会の暗黙のルールである。だから「相手が自分に何を(いくら)くれるか」を尋常ならざる真剣さで認識する。そこに相手の自分に対する「値踏み」を読み取っている。そして自分のことを高く買ってくれる人間に対しては、その分の感謝と敬意を払い、何か事あればその人のために一肌脱ごうと考える。ところが自分に対する評価が低い人に対しては「あんたがその程度ならこっちもそれ相応だよ」という感じの対応になる。だから一般的に中国社会では、誰かに何かを贈る場合、かなり高額な物になる傾向が強い。自然、贈る相手の数は相対的に少なくなり、これはと思う相手には手厚く贈り、自分の態度を明確に伝える一方、そうでない相手にはむしろ贈らない(相手への評価を明確にしない)方がマシと考えるのが普通だ。今回の知人の場合、自分より収入が圧倒的に多く、カネがあるはずの日本人駐在員から、どう見ても極端に安い品物を渡されたので、そこに含まれるメッセージが解読不能になり、気になって相談に来たというわけである。まあ今回のような話なら、どう転んでも大事には至らないから笑い話の1つとして済ませてしまってもよいだろう。ただ「カネの払い方」というのは、海外での給料やボーナスの支払い方にも直結する非常に重要な意味を含んでいる。実際、報酬の額が相手に対する最大のメッセージであるという真剣な認識を持って中国人社員の評価と対峙している日系企業ばかりではない。日本の大きな組織では、やや誇張して言えば報酬とは時間の経過とともに自然に上がっていくものだ(だった)から、「お金の額はメッセージだ」という緊張感に欠けるケースが多いのは間違いない。うかつにも誤ったメッセージを送って優秀な中国人のモラールを下げる愚を犯してはならない。
(以下は独り言)
確かに中国人に帰るたび、いつもお土産に悩まされる。先ずMade in japanの物を探すだけでも一苦労だし(最近2,3万もする小物が平気でmade in chinaだから、信じられない)、また、昔は防風ライターでも喜んでくれたが、最近、中国は何でもあるから、お土産選びが益々難しくなり、一層の事、金を受け取ってくれれば楽だけどな。
「金で買えないものはない」(ほりえ\xA4
「ささやかなおみやげがとんでもない誤解を生む国」
「これはどういう意味か」。日系企業に勤める知人の上海人が真面目な顔で相談に来た。旧正月の休み中、日本に戻っていた日本人駐在員からお土産をもらったのだが、それがあまりに粗末な物なので「何か意図があるのではないか」と心配になったのだ。その時は日本人の心理を説明して大笑いになったのだが、お土産1つを取っても異文化のコミュニケーションは難しい。
▼お土産を重視するのは一緒、でも考え方は大違い
海外との間を行き来する人間にとってお土産をどうするかは頭の痛い問題である。欧米ではやや状況が違うようだが、日本や中国などの東アジアでは「お土産」の作用は非常に重要で、あたらおろそかにできない習慣になっている点で共通性がある。しかし同じくお土産を重視するといっても、場所によってかなり考え方の違いがあるので、やり方次第では心遣いも無駄になるばかりか、逆効果というケースも発生する。冒頭の知人の場合、状況はこうである。彼女は上海のある小売業に勤務しており、取引先の1つに日系企業がある。そこの若い日本人駐在員が旧正月の休みで一時帰国した。休み明けに戻った彼は、知人のところにやってきて「お土産です」と透明なビニールの小袋を手渡した。中を見ると、お湯で溶かすとすぐ飲めるインスタントの味噌汁が2杯分入っており、小さな付箋に「ささやかなお土産です。○○より」と書かれている。市販の即席味噌汁を小分けにして周囲に配っているものらしい。受け取った知人は、その場では謝礼を言って別れたのだが、どうも腑に落ちない。「何でこんな粗末なものをわざわざ持ってくるのか。嫌がらせをしているわけでもないだろうが…」と怪訝な顔である。ここには日本人と中国人の贈り物に対する感覚の違いが如実に表れている。この日本人の感覚からすれば、要は心遣いが大切であって、金額の多寡は二の次である。むしろあまり高価な物を渡せば相手は負担に感じてしまい、迷惑にもなりかねない。とにかく相手に対して「気を配っているよ」というメッセージが伝わればそれでいい、という感じだろう。
▼「気配り」の日本、「評価」の中国
ところが中国社会では、人に物を贈るという行為は相手に対する「自分の評価を伝える」ことを意味する。人と人の間で贈り、贈られる物やカネの価値は最も正直なメッセージであると考えるのが中国社会の暗黙のルールである。だから「相手が自分に何を(いくら)くれるか」を尋常ならざる真剣さで認識する。そこに相手の自分に対する「値踏み」を読み取っている。そして自分のことを高く買ってくれる人間に対しては、その分の感謝と敬意を払い、何か事あればその人のために一肌脱ごうと考える。ところが自分に対する評価が低い人に対しては「あんたがその程度ならこっちもそれ相応だよ」という感じの対応になる。だから一般的に中国社会では、誰かに何かを贈る場合、かなり高額な物になる傾向が強い。自然、贈る相手の数は相対的に少なくなり、これはと思う相手には手厚く贈り、自分の態度を明確に伝える一方、そうでない相手にはむしろ贈らない(相手への評価を明確にしない)方がマシと考えるのが普通だ。今回の知人の場合、自分より収入が圧倒的に多く、カネがあるはずの日本人駐在員から、どう見ても極端に安い品物を渡されたので、そこに含まれるメッセージが解読不能になり、気になって相談に来たというわけである。まあ今回のような話なら、どう転んでも大事には至らないから笑い話の1つとして済ませてしまってもよいだろう。ただ「カネの払い方」というのは、海外での給料やボーナスの支払い方にも直結する非常に重要な意味を含んでいる。実際、報酬の額が相手に対する最大のメッセージであるという真剣な認識を持って中国人社員の評価と対峙している日系企業ばかりではない。日本の大きな組織では、やや誇張して言えば報酬とは時間の経過とともに自然に上がっていくものだ(だった)から、「お金の額はメッセージだ」という緊張感に欠けるケースが多いのは間違いない。うかつにも誤ったメッセージを送って優秀な中国人のモラールを下げる愚を犯してはならない。
(以下は独り言)
確かに中国人に帰るたび、いつもお土産に悩まされる。先ずMade in japanの物を探すだけでも一苦労だし(最近2,3万もする小物が平気でmade in chinaだから、信じられない)、また、昔は防風ライターでも喜んでくれたが、最近、中国は何でもあるから、お土産選びが益々難しくなり、一層の事、金を受け取ってくれれば楽だけどな。
「金で買えないものはない」(ほりえ\xA4
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.