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仏性の現れ

投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2005/01/10 06:45 投稿番号: [15658 / 21882]
仏陀の教えを伝える文献にあるさまざまな神様(とあえて言います)は、「仏様」の衆集救済のための各側面の具現化であり、実態は御仏そのものであるといわれているはずです。


「仏様」「御仏」とはひとつのものであり、必要に応じさまざまな形を持って現れる。

未来を救うために現れるお姿を「弥勒」と称し、その目的にふさわしいお姿であると「想像」しているに過ぎません。


人は滅し後に仏となる。
ゆえに皆弥勒であり阿修羅であり仏である。


自らを信じれぬものに仏はおらず、また自らの根源を信じぬものにも救いは無い。


仏を信ずるとは己を信ずることであり、先祖を敬うのは己を確立するためである。



そして先祖の「仏」に祈り、わが身を信じ、ひいては隣人縁者を信じ、その気持ちの成就がまさに「弥勒の救済」そのものである。



多神教の地より出でて多神教のわが国で確立された仏教観とはおおよそこのようなことが基本であると、とある僧侶より聞きました。




彼岸にある絶対的なものを信じ、そのもとに平等を説くキリスト教。

自身とそのつながりを信じ、自らを「仏」と見る仏教。


仏教に於いて「絶対神」たるものは自身への、仏への、帰依であり、キリスト教での自身への信頼はすなわち神への信仰心である。


よってこれは相反するものではなく、共通理解のできる「一つの真理の違う見解」とも言え、十分な共存可能な「宗教」であるといえますね。




どちらも始祖たる方の直筆無き所などもそっくりです。
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