通州事件?
投稿者: uglyuglyjap 投稿日時: 2004/12/05 18:00 投稿番号: [15291 / 21882]
通州事件は、飼犬に手を噛まれたような事件であり、不幸な事件であるとともに不名誉な事件であった。松村秀逸少佐は、陸軍省の新聞班に所属し、盧溝橋事件が起るとともに天津へ出張してきていたが、通州事件の報に接した支那派遣軍司令部の狼狽ぶりをしるした―
その報、一度天津に伝わるや、司令部は狼狽した。私は、幕僚の首脳者が集っている席上に呼ばれて、<この事件は、新聞にでないようにしてくれ>との相談を受けた。
「それは駄目だ。通州は北京に近く、各国人監視のなかに行われたこの残劇(ママ)が、わからぬ筈はない。もう租界の無線にのって、世界中に拡まっていますヨ」
「君は、わざわざ東京の新聞班から、やってきたんじゃないか。それ位の事が出来ないのか」
「新聞班から来たから出来ないのだ。この事件をかくせなどと言われるなら、常識を疑わざるを得ない」
あとは、売言葉に買言葉で激論になった。私は、まだ少佐だったし、相手は大、中佐の参謀連中だった。あまり馬鹿気たことを言うので、こちらも少々腹が立ち、配下の保安隊が叛乱したので、妙に責任逃れに汲々たる口吻であるのが癪にさわり、上官相手に激越な口調になったのかもしれない。
激論の最中に、千葉の歩兵学校から着任されて間もなかった矢野参謀副長が、すっくと立上がって<よし、議論はわかった。事ここに至っては、かくすななどと(ママ)姑息なことは、やらない方がよかろう。発表するより仕方がないだろう。保安隊に対して天津軍の指導宜しきを得なかった事は、天子様に御詫しなければならない>と言って、東の方を向いて御辞儀をされた。この発言と処作で、一座はしんとした。
<では発表します>と言って、私が部屋を出ようとすると、この発表を好ましく思っておらなかった橋本参謀長(秀信中佐)は「保安隊とせずに中国人の部隊にしてくれ」との注文だった。勿論、中国人の部隊には違いなかったが、私は、ものわかりのよい橋本さんが、妙なことを心配するものだと思った。
―かくして通州事件はあかるみに出たが、新聞は逆に「地獄絵巻」を書き立てて日本の読者を煽りたてた。
> 冀東防共自治政府の保安隊が起こした事件でしょ。
冀東防共自治政府は反日政府だったんですか?
日本の傀儡政権の保安隊が起こした事件でしょ。
>「保安隊とせずに中国人の部隊にしてくれ」との注文だった。
この意味を説明してもらえませんか?
傀儡政権の保安隊すらコントロールできなかった馬鹿な日本軍を非難なさればよろしいのでは?
日本の傀儡政権の売国奴中国人保安隊の起こした事件の責任は、日本軍にあるのでは?
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/a55a5ca5aba1bca1a6a5a2a58a5a2a5aba5ca5wa4nhbfffcldbj_1/15291.html