台湾(の歴史)を少しだけ知る その3
投稿者: dream_hydrangea 投稿日時: 2004/12/04 22:41 投稿番号: [15267 / 21882]
欧米の植民地経営と日本の植民地経営は違うということを掲示板で
目にします。
本国との地理的な距離の差なのかなとも思います。
本国領土に組み入れることができるかできないか?
植民地の住人が自分達と近いか遠いか?
それらの要素が微妙に植民地に対する精神的な距離を決めることも
あるのではないでしょうか?
欧米にとってはアジアは地理的にとても遠い場所です。
住民は人種も文化も違います。
それに対して、
日本にとっては台湾も朝鮮も満州も自国領土に組み入れることに
あまり支障ない距離です。
住民は、同じ黄色人種ですし、歴史・文化を一部共有しています。
日本は台湾経営に力を入れました。
一流の人材を送り込みました。
お金もたくさん使いました。
だって、台湾は日本の領土ですし、
その住民は日本人とさほど変わらないのですから。
1898年に第四代総督児玉源太郎とともに民政長官として医学博士
後藤新平が着任しました。
彼は後に南満州鉄道初代総裁、通信大臣、内務大臣兼鉄道院総裁、
外務大臣、東京市長を歴任した人です。
彼は南北縦貫鉄道・鉄道・水道・港湾などの産業基盤を整備しました。
台湾の上下水道はこの時代に整備されました。
このことは、衛生教育の普及と病院・予防消毒事業団の設立などと
相まって、台湾からマラリア、ペストなど多くの伝染病を
駆逐することになりました。
また、
アヘンを専売制にして中毒患者に限って販売する一方で、新たに吸引
するものは厳罰に処したので、中毒患者は人口の6%から
1941年までには0.1%に減少したそうです。
(イギリスのやったことを思い出してくださいね)
もちろん、これらの事業にはお金が必要です。
1989年(明治31年)の日本の国家予算が約2億2千万円でしたが、。
台湾開拓・整備予算に4千万円を投じています。。。
これは メッセージ 15233 (dream_hydrangea さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/a55a5ca5aba1bca1a6a5a2a58a5a2a5aba5ca5wa4nhbfffcldbj_1/15267.html