サッカー・アジアカップの反日問題

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>>原爆を落としてやる!

投稿者: ty470620 投稿日時: 2004/12/03 14:29 投稿番号: [15245 / 21882]
日本が米国の傘の下にいる間は、原爆の使用なんて有り得ないが、以下のチベットの事例のように、誰も見ていなければ悪さの限りを尽くすのが中国共産党の手法です。
チベット、紅衛兵、文化大革命、これらは血塗られた事実です。最大の悪党は毛沢東で、本来なら中国を近代国家へと導く筈の文化人・知識人は、紅衛兵から文化大革命を経て殆どが惨殺されている。従って今中国に残っているのは、狡猾・老獪に人を売って自分が生き延びた子孫達です。

■3.チベットから帝国主義侵略勢力を追放する■

1951年の始めに、ダライ・ラマ14世は、中国政府の要求により、チベット代表団を北京に送った。この時、ダライ・ラマは弱冠16歳だったが、租税徴収の公正化を実現して国民を喜ばせるなど、意欲的な統治者ぶりを発揮し始めていた。しかし平和な宗教国家として、わずか8500人の国境警備隊しか持たないチベットは、中国の軍事圧力に屈するしかなかった。
チベット代表団は、17項目の協定案を最後通牒として提示され、従わない場合は、より以上の軍事行動を展開する、と脅迫された。ダライ・ラマの訓示を仰ぐことは禁ぜられ、中国側が偽造したチベット印璽で、調印することを強要された。その第一条は、以下の文面であった。チベット人民は団結して、チベットから帝国主義侵略勢 力を追放すること。チベット人民は母国中華人民共和国の大家族に復帰すること。
これには、二重の虚偽が含まれている。第一に、この時、チベットにはいかなる外国勢力もなかったのであって、外国勢力といえば、チベットが1912年に最後に追い出した中国人兵力だけであった。[2,p100]
第二に、チベットが中国の一部であるという主張も、強引に史実をねじ曲げたものだった。チベットは、史実の伝わる1300年以上の歴史を通じて、かつて漢民族によって支配されたことはない。元と清の皇帝はラマ教(チベット仏教)に帰依し、チベットの宗主国の立場にあったが、前者はモンゴル民族であり、後者は満州民族である。漢民族はそれらの帝国の植民地の一部であったにすぎない。[2,260]
協約の第2条は「チベットの地方政府は、人民解放軍がチベットに入って国防を強化するのを積極的に助けること」、第8条はチベット軍を中共軍に併合する事を規定、第14条は、外交上のあらゆる権限をチベットから剥奪していた。協定が調印されてからまもなく、聖都ラサにも、中共軍一万
人規模の駐屯が始まった。かれらは何一つ携帯しては来なかった。ことごとくわれ
らの貧弱な糧食源から供給をうけるつもりであった。穀物の価格が突如として約10倍にも高騰した。バターが9倍、一般穀物が2倍ないし3倍になった。ラサの民衆は飢餓の縁まで零落した。[2,p98-103]
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