「南京の真実」の数字の疑問点
投稿者: tokumori_ciel 投稿日時: 2004/11/23 14:19 投稿番号: [14947 / 21882]
南京攻略戦当時、城内には南京防衛の中国軍と市民(逃げるすべのない難民)がいました
この難民を保護するため残留の民間欧米人たちにより12月1日南京市の一部を安全区とし中国軍、日本軍双方に攻撃を控えるよう要請した
逃げ遅れた一般市民はすべて安全区内にいました
日本軍による一般市民の殺害があったとするなら安全区内での殺害でないと理屈に合いません
ラーベの記述はほとんどが伝聞でありラーベを始めとする安全区内を自由に動ける欧米人の安全区委員会メンバー自身ただの一件の殺人をも目撃しておりません
ラーベは日記の中で本国ヒットラーに犠牲者5〜6万人と報告しております
しかし、上海のドイツ大使館には数千名、南京のイギリス大使館宛の手紙には
「・・・一家の働き手を連行されたり殺されたりした家族が数千とは言わないが数百とあります」
と犠牲者数百名と記載しており
、日本当局には犠牲者49人と被害届を出しております、このように相手によって犠牲者数が変わっています。
これはラーベが意図的に情報操作したと考えられ、またラーベは安全区内の自宅に中国軍将校二名をかくまっておりラーベの犠牲者5〜6万人は信頼性に乏しいと言うことが出来ます
またよく言われる人口問題ですが安全区委員会の認識では12月17日以降一貫しており、安全区内の人口はその食糧調達の必要性から20〜25万という数字はほぼ間違いないであろうと思われます
翌二月安全区解散後、金陸大学教授スマイスの調査によると25万〜27万人と人口は増えております
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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