敢えて 宣言
投稿者: yorunoyukikaze 投稿日時: 2004/11/14 13:05 投稿番号: [14676 / 21882]
人間としての犯罪と
政治の一形態である戦争は峻別しなければならない。
三十万人を虐殺したといわれる事件も
人間の持つ凶暴性が発露されることは現実にありうるが
戦争として三十万を虐殺する合理性をどう説明するのか?
そのような行為は不要なことという以上に戦争遂行上齟齬をきたしかねない。
つまり、戦争を継続するためには有害である。
にもかかわらず、ただ日本軍の凶暴性を唯一の根拠として
三十万人という数字だけを掲示することは著しく客観性に欠け信憑性がない。
当然個々の行為はその犯罪性が立証可能であるならば裁かれるべきだろう。
しかし、戦争全体として裁こうとする発想そのものが犯罪的でさえある。
それは敗戦国に全てを押し付けることによって、
自らの行為を隠蔽しようとする意図の発令に他ならない。
私「個人」としては、多くの中国人に多大な犠牲を強いた結果を
人間として深く悲しみ謝罪する気持ちはある。
しかし、国権の発動しての戦争とはそういうものだと了解を求めるしかない。
まして現代の価値観からではなく、当時の価値観をもってすれば
なおさらである。
尤も、了解できるとは思ってもいないが。
したがって、極東軍事裁判は敗戦国とその国民に全てを押し付ける
悪辣な道化師芝居として全面的に否定する。
故に元々戦犯は存在しない。
靖国参拝に対する外国の抗議は内政干渉であるので、これに対して
厳重に抗議する。
賠償はすでにその義務を果たした。
謝罪は必要ない。
あなたたちが勝ち、日本が負けた。
そういうことだし、それだけのことだ。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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