サッカー・アジアカップの反日問題

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朝日新聞が取材したら

投稿者: tokumori_ciel 投稿日時: 2004/11/09 20:08 投稿番号: [14524 / 21882]
パクリネタですが ----------------------------
■親日国パラオと日本軍
遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」
沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。
太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。
やがて戦況は日本に不利となり、
いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。
それを聞くなり隊長は激高し叫んだという
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
日本人は仲間だと思っていたのに…みせかけだったのか
裏切られた想いで、みな悔し涙を流した…
船に乗って島を去る日   日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。
しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。
あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。

朝日新聞記者が取材したら ---------------------- -
■思い出すも涙   パラオ住民が語る戦争の傷跡
遠い南の島に、悲しげな歌を歌う老人がいた
「あそこでみんな死んでいったんだ…」
沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた
太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られ、美しいパラオの島々は日本の帝国主義により、血なまぐさい戦場へと作り替えられた
老人は村の若者達と共にその作業に無理矢理参加させられた
やがて戦況は日本に不利となり、 いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった
日本軍による占領は島民に多大な苦痛と犠牲を強いるものだった
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」こんな言葉が日本の守備隊長から飛び出し、朝鮮や台湾では現地民が徴兵されたが、パラオではそれすらも許されないほど過酷な人種差別が行われ、現地民は虫けら以下の存在として扱われた、 死者が出なかった日はほとんどないという…
「住民は皆泣いていました」老人は悲しそうにそう言った…
いよいよ戦況が危うくなると、日本軍は島民を島から強制的に追い出し、我が物顔で島を支配した。
島民達が強制移住の為乗せられた船はおんぼろで、とても島民の安全を最大限にに配慮した設計とは思えない粗末な代物だった。
船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきて、銃器を振って島民を追い出そうとする姿を老人は今でもはっきりと思い出せるという…「あの時は悲しくて涙が止まりませんでした」
日本の軍国主義が残した傷跡は、今も各地に深くその姿を留めている。
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