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投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/09/25 18:19 投稿番号: [13412 / 21882]
「命あること」を最上の価値観と捉えると、「惨い」「酷い」と考えるのは当然の事です。
「特攻」は「統率の外道」と呼ばれていました。
では何故「統率の外道」と呼ばれる戦法を採択したのか、
ここが問題になると思います。
手元に資料がないので、うろ覚えで書きますが、ある特攻隊員の言葉で
「私はインテリです。特攻で相手に勝てるとは思ってません。
では何故『特攻』するのか。
負ける戦争でも、その後の講和条件に対して、少しでも日本の有利になれば良いと考えているのです。
日本人の意地を示すことにより、民族としての誇りを持ち続けて欲しいからです」
大枠でこの様な言葉を述べています。
「命」よりも「独立」
「命」よりも「誇り」
これらの価値があったからではないでしょうか。
私はその様な先人の力で生かされている、又はこの程度で済んでいる
そう思っているのです。
それと、
>それで、アメリカは、日本の捨て身の神風に恐れおののいて・・地上戦では、アメリカ兵の犠牲者が多くなるので・・原爆投下へと
軍事的局面で、原爆投下は全く必要ありませんでした。
そんな事をしなくても、日本は講和の道を模索していましたし、米国も日本の状況は熟知しておりました。
米国が日本に原爆を投下したのは、根強い有色人種への差別意識と、ソ連に対する威圧の為です。
その証拠に、マッカサーを始めとする「軍事」で重要な責を担っていた人が
「日本は原爆の投下なくしても陥落していた」と指摘している事です。
また、1943年の米国兵士の調査では、その半数が
「日本民族を根絶すべき」と考えていました。
「根絶」ですよ…
この様な国を相手に我々の祖先は戦って来たのです。
「命がけ」の意味がはっきりしているのではないでしょうか。
これは メッセージ 13408 (yuukousokusin さん)への返信です.
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