yuukousokusinさんへ
投稿者: sin1945jp 投稿日時: 2004/09/21 06:50 投稿番号: [13175 / 21882]
私は、死は無ではないと思っております
死は生きてるものへの有である
その人の人生が、いかにどういうものであったか、自分から子へ
子から孫へ
語り継ぐものではないのでしょうか?
名誉は、子孫のためにも必要なことである
たとえば、犯罪者の子孫は、肩身が狭いのと同じではないのでしょうか?
その人自身の生き方が、子々孫々まで語り継がれるのが、日本、いや世界でもあることではないのでしょうか?
靖国は、そこで祭られてるものたちの家族支えであると、私は考えます
私も、そこで眠ってる家族のものだったら
家族の人たちと同じことを言うでしょうね
他の人たちは、他人事だからこそ
墓地を移せばいいなど、簡単なことを言うのではないのでしょうか?
私はそういう問題ではないと思っています
誰かかいてありましたけど、
靖国の一番言ってる中国も
実は靖国と同じ形式で(宗教は違いますが)祭っています
死者は、記念碑や、そんなもんでいいと考えておられるなら
それは間違いでしょう
死んでいったものたちは、靖国に眠る
といって、死んでいったものたちがたくさん、戦時中にいたのですから
そのことも踏まえてお考えください
これは メッセージ 13159 (yuukousokusin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/a55a5ca5aba1bca1a6a5a2a58a5a2a5aba5ca5wa4nhbfffcldbj_1/13175.html