>戦争は所詮利益の取り合い
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2004/08/18 16:36 投稿番号: [11522 / 21882]
まさに、その通りでしょうね。
戦争の「ルール」として、民間人を原則として殺してはいけないとか、軍服同士の戦いであるとか、そのような論調をご覧になったことはありませんか?
最近話題になったジェンキンス氏が、なぜ訴追されるか、わかりますか?
国が戦争状態になったら、それは「国土」「国民としての利益・権利」「家族に命・未来」を侵害されかねない、危機です。(もしくはそういう危機が迫るから、交戦状態に入る)
その中で、強制でも自主的にでも「軍服を着る」と言うことは、「命のやり取りの駒」になると言うことです。
そうなることで、そうでない全てのヒトを、守っているのです。
だから、上記のルールは必要だし、敵前での寝返りは国民の命全部に対する裏切りで、重罪なんです。
たとえ守るべきヒトのためでも、「死にたい」などという方がそうそういるわけが無い。
死なないのがベストなのは「当然」
>赤紙が届いて
「やった!お国のため,家族のために,子孫のために戦えるぞ!」
って喜んだ人って多かったのですか?<
こんなことを俎上に載せることの方が「ニンゲンとして」おかしいと思いますよ。
戦争になったからには、誰かが戦わねばならず、できることをできるヒトがやらなければならない。
それは指揮官であったり、最前線の兵士であったり、後方支援の部隊であったり。
「適材適所」の振り分けで、何で「貴賎」ができるんでしょうか?
残された「民間人」でさえ、少しでも各産業を振興し、生産効率を上げ、物資を前線に送らねばならない。
よって、命の「価値」は、戦時でも皆平等であるべきですし、「国のために=国民全部のために」命を賭した方々に、上下の区別無く弔意を表す、また、そういう場所があることは、全く問題ないと思います。
>発案者の切腹なども,現代の企業不正が明るみになって自殺する人とほぼ同じでは?<
指揮官の重責をご理解じゃないようですね。
部下の命を駒として、指揮すると言うのは、あえて「特攻」をさせずとも、「死ね」と言っているのと同義です。
「戦果」は、相手を如何に「減らすか」であって、部下を逃げ回らせては「指揮官」ではない。
10対10の戦力なら、10対0が最高、最悪でも1対0に「しなければいけない」それが指揮官の仕事。
もし、10対1000だったら、どうすればいいか??
その答えが、苦渋の選択として、「特攻」だったんです。
「なんで日本がそこまで追い詰められたか」
それをご理解いただくために、
前の発言で、開戦理由や当時の状況をお勉強になれば、と薦めたのであって、あなたが「戦後教育」の歴史を学び足りないことを責めているわけじゃないです。
「戦後教育」を、「よく学んだ」自覚があるのなら、「それを疑う」ことからはじめてください。
「自分の国の政治選択が全て誤りだった」なんて教えているのは、日本ぐらいですからね。
連綿と連なる日本の歴史や自分の国、先祖を、過剰ではまずいかも知れないが、「誇って生きられる」ようにするのが「教育」ではないでしょうか?
優等生の最たる「官僚」が、昨今どのような問題を生み出しているか、その辺もね、「歴史優等生」なら、考えてみてよろしいと思います。
戦争の「ルール」として、民間人を原則として殺してはいけないとか、軍服同士の戦いであるとか、そのような論調をご覧になったことはありませんか?
最近話題になったジェンキンス氏が、なぜ訴追されるか、わかりますか?
国が戦争状態になったら、それは「国土」「国民としての利益・権利」「家族に命・未来」を侵害されかねない、危機です。(もしくはそういう危機が迫るから、交戦状態に入る)
その中で、強制でも自主的にでも「軍服を着る」と言うことは、「命のやり取りの駒」になると言うことです。
そうなることで、そうでない全てのヒトを、守っているのです。
だから、上記のルールは必要だし、敵前での寝返りは国民の命全部に対する裏切りで、重罪なんです。
たとえ守るべきヒトのためでも、「死にたい」などという方がそうそういるわけが無い。
死なないのがベストなのは「当然」
>赤紙が届いて
「やった!お国のため,家族のために,子孫のために戦えるぞ!」
って喜んだ人って多かったのですか?<
こんなことを俎上に載せることの方が「ニンゲンとして」おかしいと思いますよ。
戦争になったからには、誰かが戦わねばならず、できることをできるヒトがやらなければならない。
それは指揮官であったり、最前線の兵士であったり、後方支援の部隊であったり。
「適材適所」の振り分けで、何で「貴賎」ができるんでしょうか?
残された「民間人」でさえ、少しでも各産業を振興し、生産効率を上げ、物資を前線に送らねばならない。
よって、命の「価値」は、戦時でも皆平等であるべきですし、「国のために=国民全部のために」命を賭した方々に、上下の区別無く弔意を表す、また、そういう場所があることは、全く問題ないと思います。
>発案者の切腹なども,現代の企業不正が明るみになって自殺する人とほぼ同じでは?<
指揮官の重責をご理解じゃないようですね。
部下の命を駒として、指揮すると言うのは、あえて「特攻」をさせずとも、「死ね」と言っているのと同義です。
「戦果」は、相手を如何に「減らすか」であって、部下を逃げ回らせては「指揮官」ではない。
10対10の戦力なら、10対0が最高、最悪でも1対0に「しなければいけない」それが指揮官の仕事。
もし、10対1000だったら、どうすればいいか??
その答えが、苦渋の選択として、「特攻」だったんです。
「なんで日本がそこまで追い詰められたか」
それをご理解いただくために、
前の発言で、開戦理由や当時の状況をお勉強になれば、と薦めたのであって、あなたが「戦後教育」の歴史を学び足りないことを責めているわけじゃないです。
「戦後教育」を、「よく学んだ」自覚があるのなら、「それを疑う」ことからはじめてください。
「自分の国の政治選択が全て誤りだった」なんて教えているのは、日本ぐらいですからね。
連綿と連なる日本の歴史や自分の国、先祖を、過剰ではまずいかも知れないが、「誇って生きられる」ようにするのが「教育」ではないでしょうか?
優等生の最たる「官僚」が、昨今どのような問題を生み出しているか、その辺もね、「歴史優等生」なら、考えてみてよろしいと思います。
これは メッセージ 11521 (tetsuyamaguchi さん)への返信です.