パラオn歴史
投稿者: harrekki_0_0 投稿日時: 2004/08/17 23:23 投稿番号: [11478 / 21882]
http://www.palau-namekawa.com/html/palau/history.html
>このパラオ諸島は1543年スペインが発見し、その後1899年にドイツが買収。
1919年、日本の委任統治となり、日本が敗戦して1947年、アメリカの信託統治下に置かれてきました。ところが、その四百年間のうち、約三十年間に過ぎない日本統治時代が一番良かったと、現地人たちは回顧しています。
それは、現地人に実施した日本流の教育成果と、在留邦人が現地人を大切にしたことにもよりますが、それよりも強い印象を彼らに与えたことがあるからです。
それはぺリリュ―島やアンガウル島を守るために、群がり来る米軍を相手に玉砕するまで戦った、その勇猛果敢な戦闘ぶりへの敬愛の念があるからです。その激戦のために、両島とも文字通り焦土と化し、彼らの建物も緑も生活も破壊されてしまったにもかかわらず、死を賭した日本軍への尊敬の気持は、今も去らないのです。
ペリリュ−島には、昭和九年に「南興神社」が建立されていまいた。現地の人達は昭和十九年の玉砕戦で、神社が破壊されるまで、同神社を「ペリリュ-神社」と呼称して、島の安泰と繁栄を祈願して来ました。
そして戦後、「ペリリュー神社」を再建し、戦死者一万名もあわせ合祀せよと要望してきたのは、同島尊長イサオ・シゲオ氏の母で(日本名)沖山豊美という老女でした。現在神社は再建されました。現地の人達の親日感情はこのように強いのです。
その一例として紹介するのが、パラオ共和国の国旗です。自立にあたって、国旗を定めなければなりません。パラオ全島から募集した所、秀作が七十点ほど集まり、その中で選んだのが、日本の日の丸と同じデザインなのです。ただし、日の丸の部分が、黄色、白地の部分が青。彼らはこのデザインに、どのような意味を見出だしているのでしょう。。。
日本人として「ありがとう」の他に言葉がありません。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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