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儒教と主体思想

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2003/11/07 13:18 投稿番号: [8038 / 44985]
私は昔々儒教の本を買って来て読み出したが、半分も読まないうちに馬鹿馬鹿しくなって投げ出したほうなので、以下はそのつもりで。

>儒教というのは、簡単に言うと「天子の徳」というもので人民を統治し、人民は「礼」を尊び、天子に忠義を尽くす、という思想ですよね。

と言うものだったはずなのですが、何時の間にか摩り替わって、天子は徳を備えたもの。一般人民は黙って天子につくしなさいということになってしまった。天子と人民の中間層の認定・採用も能力とは関係のない曖昧な”徳”を基準にしたために、賄賂の世界になってしまった。

手っ取り早い言い方をすると、儒教とはヤーさんの処世術みたいなもので、哲学の欠片も入っていない、宗教の臭いもしない。絶対君主の君臨する封建制度では、支配する方にとっても、される方にとっても、儒教は大変便利な万能の処世術。

マルクスの書いたものの何処を探しても、労働者独裁とは書いてあるが、共産党独裁なんて書いてない、ましてや個人独裁なんて論外。
ソビエトの革命地代には、多数の政党が群雄割拠して、中には無政府主義まであった。それを共産党独裁、個人独裁に摩り替えたのがレーニンで、無政府主義なんていっている烏合の衆より、独裁の方が組織力・軍事力に勝るので、あっという間に他をやっつけて、独裁体制を築いてしまった。

独裁者は無条件に”徳の”ある絶対的な存在、それに世襲制まで導入して、人民は無条件に盲目的に、独裁者に従うべしと説いたのが主体思想。

端折って書くとこんな感じと思いますが。
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