sonfan512さん
投稿者: syowa2003 投稿日時: 2003/10/04 18:47 投稿番号: [6160 / 44985]
>根拠が乏しく経験による感情論がどちらかと言うと多いんです。
私は経験による感情論を全て否定するつもりはありません。
ただ、一方が感情論による主張を行うと他方も感情論による反論を行い、
感情論の応酬になりがちですので、私自身は極力避ける傾向にあります。
私の基本的なスタンスは以下の通りです。
※まず法的見地による考察、極力客観的な考察を行い、その上で人道的な
配慮の余地を検討するべきである。
※物事は偏見や先入観を廃し、極力客観的に調査検証すべきである。
※法的考察、客観的考察を行うべきではあるが、それは必ずしも相手の内
面を否定する事ではない。
※罵倒ではなく意見を、ディベートではなく議論を、相互理解は幻想だと
しても相互認識は可能である。
必ずしも実践できているとは思いませんが、私は基本的にこのように考え
ています。
>例えば社会進出するにも国籍条項、就職差別、就職しても会社側から
>本名使用の禁止、自営業における営業力、芸能スポーツ人のプロフィ
>ールでも通称名の使用(営業力と同じ)
国籍条項に関しては外国人の方全般の事ですし、諸外国と比較して日本が
特に厳しいとは思いません。
しかしながら他の事柄は、全てのケースがそうだとは思いませんが、残念
ながらこのような偏見・差別が存在しているのは事実だと思います。
その事実を確認したうえで、差別の撤廃を主張するとともに、差別・偏見
の原因の考察と、その差別が自助努力により解消でき得る事か否かの考察
もすべきだと思います。
私が在日団体等の主張に疑問を感じる点は、差別の撤廃は非常に激しく主
張するのですが、その後の考察部分が欠如してるように思える点です。
これは決して差別を肯定しているのでも、原因に対する考察が欠けている
ので差別撤廃を主張する権利がないと主張しているのではなく、双方が原
因を真摯に検討しない限り根本的な解決には繋がらないとの意味です。
私は朝鮮学校関係及び助成金の件については、根本的な存在や将来につい
ての否定を述べているのではありません。
朝鮮学校、在日団体の現行の主張に正当性が無いと述べているだけです。
詳しく述べると非常に長くなりますので、ごくごく大雑把に述べます。
朝鮮学校の現行の主張は、法的見地から考えても、世界的な常識から考え
ても正当とは言い難いです。
また現状を検討しても朝鮮学校は、各種学校として、外国人学校として、
国内的にまた世界的な標準から考えても、非常に優遇をされています。
ここまでが法的見地からの考察及び客観的考察
その事実は事実として、そのうえで人道的見地から配慮を行うに値する要件
があるか否かを考察すべきなのですが・・・
その人道的配慮を考える時点で、当事者である朝鮮学校及び総連の方針や姿
勢が問題であると私は考えます。
少し例をあげますと
元々総連は、社会福祉、社会保障、教育などで日本人と同様に扱うこは同化
に繋がるとして自ら拒否してきた経緯がある
しかしながら総連はこの事には触れずに『 差別 』のみを振りかざしてい
るのではないか?
また外国人としての問題、教育機関としての問題を、ことさら『 民族差別 』
に置き換える事は誤りではないか?
公的な援助、公的な扱いを希望するならば、自らが公的な存在であるべきなの
は言うまでもありませんが、朝鮮学校には問題があるのではないか?
朝鮮学校が変わったと主張する事は自由ではあるが、信用を積み重ねる前に
権利を主張するのでは説得力に欠ける
変わったと主張されている初級中級部においても、各朝鮮学校で足並みが揃
っておらず、同一運営母体の教育機関としての機能に疑問を感じる
朝鮮学校の目的、民族教育の目的として掲げられていたのは 『祖国への貢献
、祖国と民族の発展 日本社会での同胞の地位向上』 等の事柄であり、基本
的に 『日本社会に対する貢献』 は掲げられていなかった。
ここ数年で朝鮮学校のHPに変化があり、民族教育の目的として 『日朝友好
や日本社会への貢献』 を記載する朝鮮学校が増えたが、未だに校長挨拶や
民族教育の趣旨のコンテンツにおいて、一言も日本社会への貢献や友好を述べ
ずに、他のコンテンツでは 『差別』 『同化政策』 『助成すべき』 との
記載があふれている初中高級学校が存在する。
これらは一例であり、その他様々な問題があると私は思います。
なお私の主張は、現行の朝鮮学校・総連の主張に対する異論であり、義務教
育課程において外国人の方の
私は経験による感情論を全て否定するつもりはありません。
ただ、一方が感情論による主張を行うと他方も感情論による反論を行い、
感情論の応酬になりがちですので、私自身は極力避ける傾向にあります。
私の基本的なスタンスは以下の通りです。
※まず法的見地による考察、極力客観的な考察を行い、その上で人道的な
配慮の余地を検討するべきである。
※物事は偏見や先入観を廃し、極力客観的に調査検証すべきである。
※法的考察、客観的考察を行うべきではあるが、それは必ずしも相手の内
面を否定する事ではない。
※罵倒ではなく意見を、ディベートではなく議論を、相互理解は幻想だと
しても相互認識は可能である。
必ずしも実践できているとは思いませんが、私は基本的にこのように考え
ています。
>例えば社会進出するにも国籍条項、就職差別、就職しても会社側から
>本名使用の禁止、自営業における営業力、芸能スポーツ人のプロフィ
>ールでも通称名の使用(営業力と同じ)
国籍条項に関しては外国人の方全般の事ですし、諸外国と比較して日本が
特に厳しいとは思いません。
しかしながら他の事柄は、全てのケースがそうだとは思いませんが、残念
ながらこのような偏見・差別が存在しているのは事実だと思います。
その事実を確認したうえで、差別の撤廃を主張するとともに、差別・偏見
の原因の考察と、その差別が自助努力により解消でき得る事か否かの考察
もすべきだと思います。
私が在日団体等の主張に疑問を感じる点は、差別の撤廃は非常に激しく主
張するのですが、その後の考察部分が欠如してるように思える点です。
これは決して差別を肯定しているのでも、原因に対する考察が欠けている
ので差別撤廃を主張する権利がないと主張しているのではなく、双方が原
因を真摯に検討しない限り根本的な解決には繋がらないとの意味です。
私は朝鮮学校関係及び助成金の件については、根本的な存在や将来につい
ての否定を述べているのではありません。
朝鮮学校、在日団体の現行の主張に正当性が無いと述べているだけです。
詳しく述べると非常に長くなりますので、ごくごく大雑把に述べます。
朝鮮学校の現行の主張は、法的見地から考えても、世界的な常識から考え
ても正当とは言い難いです。
また現状を検討しても朝鮮学校は、各種学校として、外国人学校として、
国内的にまた世界的な標準から考えても、非常に優遇をされています。
ここまでが法的見地からの考察及び客観的考察
その事実は事実として、そのうえで人道的見地から配慮を行うに値する要件
があるか否かを考察すべきなのですが・・・
その人道的配慮を考える時点で、当事者である朝鮮学校及び総連の方針や姿
勢が問題であると私は考えます。
少し例をあげますと
元々総連は、社会福祉、社会保障、教育などで日本人と同様に扱うこは同化
に繋がるとして自ら拒否してきた経緯がある
しかしながら総連はこの事には触れずに『 差別 』のみを振りかざしてい
るのではないか?
また外国人としての問題、教育機関としての問題を、ことさら『 民族差別 』
に置き換える事は誤りではないか?
公的な援助、公的な扱いを希望するならば、自らが公的な存在であるべきなの
は言うまでもありませんが、朝鮮学校には問題があるのではないか?
朝鮮学校が変わったと主張する事は自由ではあるが、信用を積み重ねる前に
権利を主張するのでは説得力に欠ける
変わったと主張されている初級中級部においても、各朝鮮学校で足並みが揃
っておらず、同一運営母体の教育機関としての機能に疑問を感じる
朝鮮学校の目的、民族教育の目的として掲げられていたのは 『祖国への貢献
、祖国と民族の発展 日本社会での同胞の地位向上』 等の事柄であり、基本
的に 『日本社会に対する貢献』 は掲げられていなかった。
ここ数年で朝鮮学校のHPに変化があり、民族教育の目的として 『日朝友好
や日本社会への貢献』 を記載する朝鮮学校が増えたが、未だに校長挨拶や
民族教育の趣旨のコンテンツにおいて、一言も日本社会への貢献や友好を述べ
ずに、他のコンテンツでは 『差別』 『同化政策』 『助成すべき』 との
記載があふれている初中高級学校が存在する。
これらは一例であり、その他様々な問題があると私は思います。
なお私の主張は、現行の朝鮮学校・総連の主張に対する異論であり、義務教
育課程において外国人の方の
これは メッセージ 6044 (sonfan512 さん)への返信です.
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