横レス(よた話)> >江戸幕府・李王朝
投稿者: jyoui 投稿日時: 2003/09/22 16:27 投稿番号: [5035 / 44985]
>江戸幕府は必ずしも常に善政をやったとはいえない。むしろ金集めと、権力維持に大変熱心だった。
私も専門家では無いですが、当時は農民一揆を起こした藩は取り潰し、同じく幕府直轄領であった天領の代官は切腹させられました。
各藩は権力と財政維持の為に、一村一品運動のような殖産興業に力を入れ、例えば朝鮮渡来の陶工を大切に持て成して薩摩焼等の特産品をつくり密貿易に励んだ薩摩藩などがあります。
忠臣蔵も、一面には製塩技術のリリース問題だとの指摘もあるし、日本各地の藩が切磋琢磨し豊かになろうとした時代ですね。
明治政府は秩父事件もあり、先の時代を暗黒に宣伝しなきゃ正当性を誇示できなかったのでしょう。
歴史は視点により変りますが、実証データー(人口増加と識字率=実学、自立的革命エネルギーの蓄積など)を見れば、教科書ほどひどくはないはずですよ。
米国帰りの勝海舟に老中が尋ねて「米国はどうであったか、我が国との大きな違いは何か」、勝は答えて「何も変ったモノはありませんでした。」、「そんなはずは無いだろう。」と老中、「そう言えば、米国は能力ある者が上にいて国を指導しておりました。
これが大きな違いですね。」と勝、老中「・・・・・」
誰かが合津藩白虎隊の話をしていましたが、合津は負けるべくして負けてますね。
当時の官軍の指揮は歴戦をくぐり抜けた下級武士上がりの指揮官ですが、会津は戦争知らずの身分が上と言うだけの人間が指揮官でしたから当然ですね。(鳥羽伏見の戦いの経験者すらも身分には勝てなかった体制ですね)
これは メッセージ 4995 (gogai3000 さん)への返信です.
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