入港制裁、在日をほんろう???
投稿者: gogai3000 投稿日時: 2007/06/13 19:21 投稿番号: [39002 / 44985]
さすが在日の多い関西の新聞(神戸新聞)、在日の主張をそのまま記事にしている。
在日達は、何年ぶりかの再会だとか、船で無いと荷物を運べないとか、はざまにほんろうされる在日の人々の苦悩は深いとか、飛行機の移動は高齢者が多くなった訪問団の人々にはこたえる、ツベコベゴチャゴチャ言っていないで、桃源郷である北朝鮮へ帰ればよい。
>入港制裁、在日をほんろう 朝鮮総連の祖国訪問団 2007/06/07
久しぶりの再会を喜び、歌や踊りも飛び出した=平壌の大城山遊園地の山城跡
拉致問題やミサイル発射、核実験の強行で日朝関係が緊迫する中、北朝鮮をこのほど訪問した。経済制裁、とりわけ万景峰(マンギョンボン)号の入港禁止は、両国間の人々の往来に影響を落としている。在日コリアンが祖国を訪れる在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)訪問団と親族との交流の現場を訪ねた。(太田政弘)
黄砂にかすむ平壌市街を一望する山城跡の展望台。石畳に広げたシートの上で車座になってバーベキューを楽しむ人たちがいた。即興のカラオケ大会や踊りが始まる。花見シーズン、日本のあちこちで見られる光景と変わらない。違うのは朝鮮語と日本語が飛び交うことだ。
一行は朝鮮総連兵庫県本部の祖国訪問団。日本のゴールデンウイークを利用して久しぶりに親族との再会を果たした。昨年の経済制裁発動前までは、万景峰号に乗船し、新潟から北朝鮮東部の元山を経て平壌入りしていた。今回は関西国際空港から中国の大連、瀋陽経由で空路、平壌に。
船の場合、重量を気にすることなくお土産や日用品を持ち込めた。衣類や学用品、市販の薬などが喜ばれる。中には一人でミカン箱十数個分を送る人もいたという。
しかし、航空機には制限があり、オーバーすれば費用もかさむ。診療所などを備えた船に比べ、飛行機の移動は、高齢者が多くなった訪問団の人々にはこたえる。
平壌では身内が市内、もしくは近郊に住んでいれば自宅を訪れ、お土産を手渡す。遠方の場合は、滞在するホテルに呼び寄せて近況を語り合う。時には小宴を催すこともある。一年に一度、あるいは数年に一度の親族とのふれあいだ。情報閉鎖社会ともいえる北朝鮮にあって、外に開かれた一種の回路ともいえる。
一九五九年から始まった「帰還事業」で祖国に渡った人たちも多くが壮年、老年に差し掛かる。訪問する側の在日コリアンにしても、そうした事情は変わらない。ホテルで出会った訪問団の女性は「どうか私たちの国をよろしく。そして在日も」とつぶやいた。
「拉致問題は解決済み」という北朝鮮と生活の場である日本。はざまにほんろうされる在日の人々の苦悩は深い。
在日達は、何年ぶりかの再会だとか、船で無いと荷物を運べないとか、はざまにほんろうされる在日の人々の苦悩は深いとか、飛行機の移動は高齢者が多くなった訪問団の人々にはこたえる、ツベコベゴチャゴチャ言っていないで、桃源郷である北朝鮮へ帰ればよい。
>入港制裁、在日をほんろう 朝鮮総連の祖国訪問団 2007/06/07
久しぶりの再会を喜び、歌や踊りも飛び出した=平壌の大城山遊園地の山城跡
拉致問題やミサイル発射、核実験の強行で日朝関係が緊迫する中、北朝鮮をこのほど訪問した。経済制裁、とりわけ万景峰(マンギョンボン)号の入港禁止は、両国間の人々の往来に影響を落としている。在日コリアンが祖国を訪れる在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)訪問団と親族との交流の現場を訪ねた。(太田政弘)
黄砂にかすむ平壌市街を一望する山城跡の展望台。石畳に広げたシートの上で車座になってバーベキューを楽しむ人たちがいた。即興のカラオケ大会や踊りが始まる。花見シーズン、日本のあちこちで見られる光景と変わらない。違うのは朝鮮語と日本語が飛び交うことだ。
一行は朝鮮総連兵庫県本部の祖国訪問団。日本のゴールデンウイークを利用して久しぶりに親族との再会を果たした。昨年の経済制裁発動前までは、万景峰号に乗船し、新潟から北朝鮮東部の元山を経て平壌入りしていた。今回は関西国際空港から中国の大連、瀋陽経由で空路、平壌に。
船の場合、重量を気にすることなくお土産や日用品を持ち込めた。衣類や学用品、市販の薬などが喜ばれる。中には一人でミカン箱十数個分を送る人もいたという。
しかし、航空機には制限があり、オーバーすれば費用もかさむ。診療所などを備えた船に比べ、飛行機の移動は、高齢者が多くなった訪問団の人々にはこたえる。
平壌では身内が市内、もしくは近郊に住んでいれば自宅を訪れ、お土産を手渡す。遠方の場合は、滞在するホテルに呼び寄せて近況を語り合う。時には小宴を催すこともある。一年に一度、あるいは数年に一度の親族とのふれあいだ。情報閉鎖社会ともいえる北朝鮮にあって、外に開かれた一種の回路ともいえる。
一九五九年から始まった「帰還事業」で祖国に渡った人たちも多くが壮年、老年に差し掛かる。訪問する側の在日コリアンにしても、そうした事情は変わらない。ホテルで出会った訪問団の女性は「どうか私たちの国をよろしく。そして在日も」とつぶやいた。
「拉致問題は解決済み」という北朝鮮と生活の場である日本。はざまにほんろうされる在日の人々の苦悩は深い。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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