北朝鮮

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モノパターンの在日の主張

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2007/04/14 09:34 投稿番号: [38636 / 44985]
常に被害者を装わないと生きてゆけない、いとも哀れな民族。

◇「なぜ在日にしわ寄せが」
  新潟市でキムチ店を営む在日朝鮮人の尹千石(ユンチョンソク)さん(79)。万景峰号の入港が禁じられた後の昨年11月、平壌にいた長男・柳正煕(リュウチョンヒ)さん(享年58歳)を突然の心臓発作で亡くした。その年の夏に万景峰号で北朝鮮に行くつもりだったが、経済制裁であきらめた直後だった。「もし万景峰号が止まっていなければ、もう一度せがれと会えたのに」。こみ上げる怒りを無力感が包んだ。
  1965年、帰国事業で母や弟妹は北朝鮮へ渡った。だが、新潟で働く夫のため、尹さん一家は日本にとどまる。
  2年後、正煕さんは大学進学で北朝鮮へ。日本での進学は経済的に難しく、家族の離散は仕方なかった。
  その後は年1回、北朝鮮で家庭を持った正煕さんを万景峰号で訪ねた。高齢の尹さんにとって寝床と食事が付いた船旅は楽で、空路に比べて運賃が安かった。
  元山(ウォンサン)港で入国審査を終えると聞こえる「オモニー(お母さん)」の声。懐かしい声の先には、いつも大きく手を振りながら満面の笑みで出迎える正煕さんがいた。「離れていても、万景峰号がせがれの笑顔に会わせてくれた」
  ところが昨年7月、北朝鮮のミサイル発射を受けた政府は、万景峰号の往来を禁じた。離散家族を結んできた船が政治決定で止まった。
  長男の危篤を知らせる電話があったのはその4カ月後。すぐロシア経由で船と飛行機を乗り継いで駆けつけたが、葬儀に間に合わなかった。
  夏にもう一度会えていたはずなのに。船が止まるのがもう少し遅かったら――。せめて遺骨を写真に収めようとカメラを構えた手が震えた。「なぜ在日にしわ寄せが来るの」
  11日、同国内に購入した正煕さんの墓を初めてお参りするため、飛行機で北朝鮮へ向かう。墓前では「またしばらく会えないけれど、ごめんね」というつもりだ。
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