北朝鮮

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国家と個人と

投稿者: tippler_365 投稿日時: 2003/09/05 12:59 投稿番号: [3627 / 44985]
  国家間の補償問題に関して論ずる時、平たく言えば、相手に何かを求める時、事実関係をとことん突き詰め、提示しうる限りの証拠を提示し、願わくばそれを偏見を含まない第三者によって判断してもらう。   この作業をしない限り、(感情論だけでは、)永久に問題は解決しない。

  国と国との問題はそういう解決方法しかありえず、国民は基本的にその結果に従わざるを得ない。   そのために選挙を行い、民意を正しく表現してくれる人へ一票を投ずる。(独裁政権ではそのチャンスさえ無いが。。。)

  では、一人一人の気持ちはどうか?   それぞれの生活環境や経験によって千差万別。   えてして、誤解や憎悪の輪廻によってその感情が決定される。   誰にもそれは防げない。

  例えば、それまでスムーズだった生活が、ある日突然、「わりゃ、○○○じゃろうが。」と言われ、殴る蹴るの暴行を受ける。   「わしが、何をしたんや?」と思いつつ、当然相手を恨む。   人によってはそれを、暴行した加害者のみへ向けるが、加害者を含む社会そのものへ向けるケースも有り得る。(というか、その方が多いかもしれない。)   個々の性格によって、それを一過性のものと受け止めたり、生涯の傷として恨み続けたりする。   そして悪循環の繰り返し。

  加害者の方の言い分はと言えば、「過去に自分または友達が、○○○から被害を蒙った事がある。」、「親から○○○は悪い奴だと聞いた。」、「生意気だと思っていたから、いつかやってやろうと思っていた。   ○○○かどうかなんて、どうでも良いこと。」、「単に、当人の残虐性(好戦性)」。   何にせよ、個人的な怨恨か、当人の性格か、刷り込みによる思い込みが殆ど。  

  刷り込みとは、国を揚げての特殊状況下による狂気(戦中戦後のプロパガンダ)に起因するところが大きく、そこに個人的な諍いが輪をかける。  

  えてして個人(感情)にとっては、国家行為の正当性不当性よりも自分がどのような肉体的、精神的な状況に陥ったかが重要になるため、両者を総括して論ずる事は難しい。

  只でさえ、(その正当性は別として)特殊な過去に基いて始まった共生であるがために、なかなか互いを偏見を持たずに見る事が出来ない。   そして、双方の一部の好戦的な人たちによって、その亀裂はますます広げられて行く。   好戦的でない人たちも、そのとばっちりを受けて閉鎖的になって行く。

  国家間も個人の感情も解決方法を見出すのは至難の業だが、前者は正当な証拠の提示のみがその解決方法であり、後者は前者の結果を(受入れ難くとも)踏まえ、更に双方が人として(親として、子として、友として、隣人として)持ち得る感情を理解する努力が必要になる。   前者と後者を簡単に一緒に出来るほど、人間はご立派ではない。

  前者は義務であり、後者は愛である。  

なんちゃって。。。。
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