虚け斎さま(再度)【全般的なこと】(1)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2006/03/07 02:59 投稿番号: [35492 / 44985]
このような時間ですが、こんばんはと申し上げさせていただきます。
>公正な運用であっても、いや、公正であるからこそ、生贄が要求されるのです。
法に基づく行動で、有っても犠牲は出る。
ご投稿の文脈を入れかえることになりますがまずはこの部分から取り上げたいと思います。
虚け斎さんは基本的にロマンティストでいらっしゃいますね。
>公正であるからこそ、生贄が要求されるのです。
というご表現などはまさに虚け斎流のロマンティズム(ヒューマニズムもかな?)を感じます。
一方私は徹頭徹尾人非人ですから最終的には自分と家族、せいぜいが自分の親類縁者と親しい友人たちさえ安寧な生活を保てればそれで十分なのです。
私に言わせれば法の執行(さらにおおげさに言えば歴史の展開)のまえで犠牲が出るのはあたりまえです。
今となっては過去の出来事に過ぎませんが、私には生まれた家を思春期に達するまえに行政命令で立ち退かされた経験があります。観光地の近くでもあり道路拡張と区画整備が理由でした。その時代、両親が立退き料としていったいいくらの対価をもらったのかは知りません。ただ、共働きだった母が、
「私の給料の貯金がなければこの家は建てられなかった」
と新しく引っ越した家について言ったことがありますから、行政側からもらった金額だけで新しい家を建てられるだけの金額でなかったのはたしかでしょう。実際、実家は車庫も作れず駐車場も近くにない場所にありますからそれほど高い地価を払ったはずもないですし、せいぜいが下々の一般市民の家ですからね。(その点、会津藩士の子孫の本家はやっぱり格が違います。嫁ぎ先が一分家で良かったとしみじみ思います)
たかだかこの程度のこととはいえ、法の下にある人間はそれぞれ「公共の利益」という名目の下で日々犠牲を払っています。
それに耐える覚悟がなければ、国家という大樹の下で有事の際に命を守ってもらう資格も、極端に言えば泥棒に入られたからと言って100当番する資格もないというのが私の意見です。
もちろん、虚け斎さんはとある地域の十数軒の家の立ち退きとそれに見合わない費用ていどのことを指して
>暴力
とか、
>被害
とおっしゃっているわけではないでしょう。
ですが、法や行政が在日の諸氏に対するより厳しい措置を決定し実行する。たとえば、それが本国への強制送還や強制収容所へ収監という極端な事態になったところで、私はその処置が日本人の過半数+1人が選挙で選んだ政党が決定した政策だからという理由でそれを容認します。
そしてそれと同時に、在日の諸氏がその決定をまえにして(法の施行にはそれを実行に移すまでの時間的幅があるはずですから。たとえ有事の際であっても、時間が許す限りは)、「日本に帰化する」「本国もしくは第三国に移住する」という選択肢をご自由に選ばれればいいだけです。その選択肢も与えず、ある日突然
「おまえは在日朝鮮・韓国人だから強制送還する(強制収容する)」
という行政命令が下るなら、さすがにそれは虚け斎さんが見逃しておられる
「理不尽」
という文言がつく暴力です。しかし、この「理不尽」が理性的に見てつかない
>暴力
>被害
ならば、私は法を執行するにあたっての妥当の範囲内だと判断します。つまり、在日諸氏に数日間であっても選択する「自由と権利」を与えその上でそれぞれの選択に基づいた「義務」を遂行してもらう、ということに過ぎないのですから。
その結果、かりに「帰化」も「帰国」も「移住」も選ばず地下に潜って反政府的な運動を企てる在日が居たとしたら(あくまでも仮定の話ですが)そのときは容赦なく「法に基づいて」
>暴力
でも
>被害
でも出せばいいではないですか。
それこそ、今は亡きナゴヤン禅師の口癖「デュー・プロセス」だと私は考えますが。
つづきます。
>公正な運用であっても、いや、公正であるからこそ、生贄が要求されるのです。
法に基づく行動で、有っても犠牲は出る。
ご投稿の文脈を入れかえることになりますがまずはこの部分から取り上げたいと思います。
虚け斎さんは基本的にロマンティストでいらっしゃいますね。
>公正であるからこそ、生贄が要求されるのです。
というご表現などはまさに虚け斎流のロマンティズム(ヒューマニズムもかな?)を感じます。
一方私は徹頭徹尾人非人ですから最終的には自分と家族、せいぜいが自分の親類縁者と親しい友人たちさえ安寧な生活を保てればそれで十分なのです。
私に言わせれば法の執行(さらにおおげさに言えば歴史の展開)のまえで犠牲が出るのはあたりまえです。
今となっては過去の出来事に過ぎませんが、私には生まれた家を思春期に達するまえに行政命令で立ち退かされた経験があります。観光地の近くでもあり道路拡張と区画整備が理由でした。その時代、両親が立退き料としていったいいくらの対価をもらったのかは知りません。ただ、共働きだった母が、
「私の給料の貯金がなければこの家は建てられなかった」
と新しく引っ越した家について言ったことがありますから、行政側からもらった金額だけで新しい家を建てられるだけの金額でなかったのはたしかでしょう。実際、実家は車庫も作れず駐車場も近くにない場所にありますからそれほど高い地価を払ったはずもないですし、せいぜいが下々の一般市民の家ですからね。(その点、会津藩士の子孫の本家はやっぱり格が違います。嫁ぎ先が一分家で良かったとしみじみ思います)
たかだかこの程度のこととはいえ、法の下にある人間はそれぞれ「公共の利益」という名目の下で日々犠牲を払っています。
それに耐える覚悟がなければ、国家という大樹の下で有事の際に命を守ってもらう資格も、極端に言えば泥棒に入られたからと言って100当番する資格もないというのが私の意見です。
もちろん、虚け斎さんはとある地域の十数軒の家の立ち退きとそれに見合わない費用ていどのことを指して
>暴力
とか、
>被害
とおっしゃっているわけではないでしょう。
ですが、法や行政が在日の諸氏に対するより厳しい措置を決定し実行する。たとえば、それが本国への強制送還や強制収容所へ収監という極端な事態になったところで、私はその処置が日本人の過半数+1人が選挙で選んだ政党が決定した政策だからという理由でそれを容認します。
そしてそれと同時に、在日の諸氏がその決定をまえにして(法の施行にはそれを実行に移すまでの時間的幅があるはずですから。たとえ有事の際であっても、時間が許す限りは)、「日本に帰化する」「本国もしくは第三国に移住する」という選択肢をご自由に選ばれればいいだけです。その選択肢も与えず、ある日突然
「おまえは在日朝鮮・韓国人だから強制送還する(強制収容する)」
という行政命令が下るなら、さすがにそれは虚け斎さんが見逃しておられる
「理不尽」
という文言がつく暴力です。しかし、この「理不尽」が理性的に見てつかない
>暴力
>被害
ならば、私は法を執行するにあたっての妥当の範囲内だと判断します。つまり、在日諸氏に数日間であっても選択する「自由と権利」を与えその上でそれぞれの選択に基づいた「義務」を遂行してもらう、ということに過ぎないのですから。
その結果、かりに「帰化」も「帰国」も「移住」も選ばず地下に潜って反政府的な運動を企てる在日が居たとしたら(あくまでも仮定の話ですが)そのときは容赦なく「法に基づいて」
>暴力
でも
>被害
でも出せばいいではないですか。
それこそ、今は亡きナゴヤン禅師の口癖「デュー・プロセス」だと私は考えますが。
つづきます。
これは メッセージ 35491 (utukesai03 さん)への返信です.
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