人権擁護法案に関し「市民の会」ブログより
投稿者: shamisengai 投稿日時: 2005/07/26 14:20 投稿番号: [32822 / 44985]
【裏面】
『人権擁護委員の選任基準に「国籍条項」は不要』
『人権・人権侵害の定義の明確化こそが重要だ』
『排外主義的主張を認めることはできない』
3月10日以降、自民党の一部から「人権擁護法案」への強硬な反対意見が出され、議論が混乱している。反対理由の大きな1つは、選任される「人権擁護委員」の資格条件に国籍条項を入れるべきだというものだ。「特定の国の出身者が特別な目的を持って、集団的に委員に就任した場合、国益に反する事態が起こりうる」との主張だ。
しかし、このような主張に正当な根拠を認めることはできない。
第1に、現実の問題として、法案の選任手続からいっても、意識的な読み違えをしていない限り、「特定の国の出身者」や「特定の団体」から集団的に人権擁護委員に就任することはあり得ないということだ。
第2に、人権は国籍の如何を問わずすべての人に認められているのであり、国籍を問わずにあらゆる住民の人権を守り、そのための人権擁護委員に定住外国人が就任する道を開くことは、世界や隣国からの信用と信頼を勝ち取ることになり、「国益」に適ったとしても、決して「反する」ことにはならないということだ。
第3に、人権擁護委員が、「公権力の行使」や「国家意思の形成に参画する」というような権力的権限を持つ規定になっていないにもかかわらず、「国籍条項を付与せよ」というのは、偏狭な民族排外主義的な主張であり、差別的でさえあるといわざるを得ない。
私たちは、今日の日本社会で外国籍を持つ定住者が200万人を大きくこえて増加しているという現実と歴史的背景を踏まえながら、「市町村の実情に応じ、外国人の中からも適任者を人権擁護委員に選任することを可能とすることを可能とする方策を検討すべき」との人権擁護推進審議会の答申(2001年12月)を尊重すべきだと考える。人権擁護委員の選任にあたっては、当事者性を大切にしながら差別・人権問題に精通している人を選任していくことが必要であり、日本での人権確立の流れを逆行させてはならない。
『憲法と国際人権諸条約を中心にすることこそ』
「国籍条項を付与せよ」というような的外れな議論が起こってくる背景には、「人権」や「人権侵害」についての定義が明確になっていないために、恣意的な運用がなされるのではないかとの懸念が存在していることは事実である。
その意味で、反対派が主張している「定義が曖昧だ」という理由は、その限りでは当を得ているといえる。だからこそ、私たちは、前回の法案提出の時から、一貫して「定義の明確化」を要求してきているのである。これが曖昧だと、際限のない拡大解釈がなされる恐れがあると同時に、重要な人権侵害事案であったとしても歪曲解釈がなされ、切り捨てられる危険性もあるからだ。
したがって、私たちは、法律としての有効性と安定性を確保するために、現時点でもっとも包括的で安定している「憲法」や日本が批准・加入している「国際人権諸条約」に定められた権利として、「人権」を定義することが望ましいと考えている。そうすれば、それらの権利を侵害することが、「人権侵害」であると定義され、人権侵害の判断での恣意性は除去されることになる。
以上、新たな論点についての私たちの見解をのべてきたが、この間の議論を無に帰すことなく、差別撤廃・人権確立への建設的な議論として発展させていくべきだ。とりわけ、差別撤廃・人権確立にかかわる政策や法律は、超党派的な合意のもとに策定されていくことが望ましく、決して党利党略や派利派略の政争の具に堕するようなことがあってはならない。500に迫る地方議会決議の重みを踏まえ、今国会での充実した「人権侵害救済法」(「人権擁護法案」)の早期制定を強く望むものである。
『人権擁護委員の選任基準に「国籍条項」は不要』
『人権・人権侵害の定義の明確化こそが重要だ』
『排外主義的主張を認めることはできない』
3月10日以降、自民党の一部から「人権擁護法案」への強硬な反対意見が出され、議論が混乱している。反対理由の大きな1つは、選任される「人権擁護委員」の資格条件に国籍条項を入れるべきだというものだ。「特定の国の出身者が特別な目的を持って、集団的に委員に就任した場合、国益に反する事態が起こりうる」との主張だ。
しかし、このような主張に正当な根拠を認めることはできない。
第1に、現実の問題として、法案の選任手続からいっても、意識的な読み違えをしていない限り、「特定の国の出身者」や「特定の団体」から集団的に人権擁護委員に就任することはあり得ないということだ。
第2に、人権は国籍の如何を問わずすべての人に認められているのであり、国籍を問わずにあらゆる住民の人権を守り、そのための人権擁護委員に定住外国人が就任する道を開くことは、世界や隣国からの信用と信頼を勝ち取ることになり、「国益」に適ったとしても、決して「反する」ことにはならないということだ。
第3に、人権擁護委員が、「公権力の行使」や「国家意思の形成に参画する」というような権力的権限を持つ規定になっていないにもかかわらず、「国籍条項を付与せよ」というのは、偏狭な民族排外主義的な主張であり、差別的でさえあるといわざるを得ない。
私たちは、今日の日本社会で外国籍を持つ定住者が200万人を大きくこえて増加しているという現実と歴史的背景を踏まえながら、「市町村の実情に応じ、外国人の中からも適任者を人権擁護委員に選任することを可能とすることを可能とする方策を検討すべき」との人権擁護推進審議会の答申(2001年12月)を尊重すべきだと考える。人権擁護委員の選任にあたっては、当事者性を大切にしながら差別・人権問題に精通している人を選任していくことが必要であり、日本での人権確立の流れを逆行させてはならない。
『憲法と国際人権諸条約を中心にすることこそ』
「国籍条項を付与せよ」というような的外れな議論が起こってくる背景には、「人権」や「人権侵害」についての定義が明確になっていないために、恣意的な運用がなされるのではないかとの懸念が存在していることは事実である。
その意味で、反対派が主張している「定義が曖昧だ」という理由は、その限りでは当を得ているといえる。だからこそ、私たちは、前回の法案提出の時から、一貫して「定義の明確化」を要求してきているのである。これが曖昧だと、際限のない拡大解釈がなされる恐れがあると同時に、重要な人権侵害事案であったとしても歪曲解釈がなされ、切り捨てられる危険性もあるからだ。
したがって、私たちは、法律としての有効性と安定性を確保するために、現時点でもっとも包括的で安定している「憲法」や日本が批准・加入している「国際人権諸条約」に定められた権利として、「人権」を定義することが望ましいと考えている。そうすれば、それらの権利を侵害することが、「人権侵害」であると定義され、人権侵害の判断での恣意性は除去されることになる。
以上、新たな論点についての私たちの見解をのべてきたが、この間の議論を無に帰すことなく、差別撤廃・人権確立への建設的な議論として発展させていくべきだ。とりわけ、差別撤廃・人権確立にかかわる政策や法律は、超党派的な合意のもとに策定されていくことが望ましく、決して党利党略や派利派略の政争の具に堕するようなことがあってはならない。500に迫る地方議会決議の重みを踏まえ、今国会での充実した「人権侵害救済法」(「人権擁護法案」)の早期制定を強く望むものである。
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