ヨコ>仙人さま【⊃トピ合致】
投稿者: shamisengai 投稿日時: 2005/07/19 11:52 投稿番号: [32753 / 44985]
朝日新聞にはお前がいうなといいたいところですが、
今回はGJ、褒めてつかわしたいと思います。
でも多くのさっちゃんたちが逆上して、
「なんだあの社説はー!!」とねじ込んどるんでしょうなあ(呆)。
http://www.asahi.com/paper/editorial20050715.html
蔵書廃棄 自由の番人でいる重さ
日本には3千の公共図書館があるそうだ。計3億冊を所蔵し、登録している利用者だけで5千万人近くにのぼる。そんな身近な図書館の蔵書の管理をめぐる判決が最高裁であった。
千葉県船橋市の市立図書館で、4年前にベテランの司書が107冊の本を廃棄処分にした。「新しい歴史教科書をつくる会」の役員や評論家の西部邁さん、渡部昇一さんらが書いた本だった。
船橋市には図書館の本を処分する基準がある。破損が激しく補修できないときや、内容が古くなり資料的価値がなくなった場合などだ。だが、廃棄された本はどれにもあてはまらなかった。
公立図書館は住民に対して思想や意見などを含めてさまざまな情報、資料を提供している。最高裁はその役割に加えて、「著者にとっても考えや意見を人々に伝える公的な場だ」と初めて認めた。この考えを支持したい。
司書は「つくる会」や賛同する人たちへの反感から、独断でこれらの本を処分した。そういう行為は著者の思想や表現の自由の権利を侵し、損害賠償の対象になると述べた。
船橋市が払うべき損害賠償の額は、裁判が差し戻された東京高裁が、これから検討することになる。
いまは憲法で保障されている出版の自由を私たちが手にしたのは、ほんの60年ほど前のことだ。政府に強権を与えた治安維持法を批判した法律書は発売禁止になり、著者は大学を追われた。警察署内で拷問されて死んだ作家もいる。
どのような本を備えるかは、それぞれの図書館が決める。集め方に不満を感じる職員や利用者もいるだろう。
しかし、定められた手続きで選んだ本を個人の勝手な判断で捨てれば、重い歴史を経てようやくみんなの共通の考えになった表現や思想の自由の価値を傷つけてしまう。
多様な本を誰もがたやすく手に取って読むことができる社会。お互いに言葉や文字で堂々と批判しあえる社会。そんな社会を守りたいと思う。
この裁判をおこした「つくる会」の教科書について、朝日新聞は社説で「近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観で貫かれ、教室で使うにはふさわしくない」と主張してきた。だからといって、会の関係者らの著作が図書館から消えていいとは思わない。
全国の図書館が加盟する日本図書館協会は「図書館の自由宣言」で、「多様な対立する意見のある問題は資料を幅広く収集」することや「図書館員の個人的な関心や好みによって選択をしない」などとうたっている。
本を守り、一人ひとりの内面の自由を守ることが、図書館の自由を守ることにもつながっていく。
司書は、古代中国の書に「書籍をつかさどる職」として登場する歴史ある職業だ。知性と自由の番人である誇りをかみしめてほしい。
今回はGJ、褒めてつかわしたいと思います。
でも多くのさっちゃんたちが逆上して、
「なんだあの社説はー!!」とねじ込んどるんでしょうなあ(呆)。
http://www.asahi.com/paper/editorial20050715.html
蔵書廃棄 自由の番人でいる重さ
日本には3千の公共図書館があるそうだ。計3億冊を所蔵し、登録している利用者だけで5千万人近くにのぼる。そんな身近な図書館の蔵書の管理をめぐる判決が最高裁であった。
千葉県船橋市の市立図書館で、4年前にベテランの司書が107冊の本を廃棄処分にした。「新しい歴史教科書をつくる会」の役員や評論家の西部邁さん、渡部昇一さんらが書いた本だった。
船橋市には図書館の本を処分する基準がある。破損が激しく補修できないときや、内容が古くなり資料的価値がなくなった場合などだ。だが、廃棄された本はどれにもあてはまらなかった。
公立図書館は住民に対して思想や意見などを含めてさまざまな情報、資料を提供している。最高裁はその役割に加えて、「著者にとっても考えや意見を人々に伝える公的な場だ」と初めて認めた。この考えを支持したい。
司書は「つくる会」や賛同する人たちへの反感から、独断でこれらの本を処分した。そういう行為は著者の思想や表現の自由の権利を侵し、損害賠償の対象になると述べた。
船橋市が払うべき損害賠償の額は、裁判が差し戻された東京高裁が、これから検討することになる。
いまは憲法で保障されている出版の自由を私たちが手にしたのは、ほんの60年ほど前のことだ。政府に強権を与えた治安維持法を批判した法律書は発売禁止になり、著者は大学を追われた。警察署内で拷問されて死んだ作家もいる。
どのような本を備えるかは、それぞれの図書館が決める。集め方に不満を感じる職員や利用者もいるだろう。
しかし、定められた手続きで選んだ本を個人の勝手な判断で捨てれば、重い歴史を経てようやくみんなの共通の考えになった表現や思想の自由の価値を傷つけてしまう。
多様な本を誰もがたやすく手に取って読むことができる社会。お互いに言葉や文字で堂々と批判しあえる社会。そんな社会を守りたいと思う。
この裁判をおこした「つくる会」の教科書について、朝日新聞は社説で「近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観で貫かれ、教室で使うにはふさわしくない」と主張してきた。だからといって、会の関係者らの著作が図書館から消えていいとは思わない。
全国の図書館が加盟する日本図書館協会は「図書館の自由宣言」で、「多様な対立する意見のある問題は資料を幅広く収集」することや「図書館員の個人的な関心や好みによって選択をしない」などとうたっている。
本を守り、一人ひとりの内面の自由を守ることが、図書館の自由を守ることにもつながっていく。
司書は、古代中国の書に「書籍をつかさどる職」として登場する歴史ある職業だ。知性と自由の番人である誇りをかみしめてほしい。
これは メッセージ 32750 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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